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第50話

諦めたわけではない。 確かにチャンスはもう向こうから来ないかもしれない。 でもチャンスって自分で生み出すものでもある、だからチャンス自体なくなったとは考えていない。 作戦実行前が俺の大きなチャンスだと考えているから確実に成功するために俺は俺の作戦を考える。 それは騎士さんに言うわけにはいかないから瞳で訴える。 騎士さんは誰かに頼って失敗して俺に絶望を与えたかったのだろう。 俺が他人のためにチャンスを諦めるなんて思っていないのだろう。 ……でも、誰かを思い合う心があるから俺は人間なんだと思う。 そして気付いていないだけで騎士さんもきっと人間なんだ。 「…お前の考えは一つも理解できないな」 「いつか騎士さんも分かる時が来ます」 「…………」 また怒られるだろうかと身構えていたが騎士さんは何も言わず窓の外を眺めていた。 その瞳はとても寂しそうに感じた。 いつか、騎士さんも…誰かを想う気持ちが現れたらいいな。 ゲームの俺も姉を信じて想う気持ちはあったのだから… ーーー 時計の針を眺めて暇だな…と考える? 騎士さんはずっと武器の手入れをしている、楽しいのだろうか。 騎士さんに「暇だから遊びませんか?」と提案した。 これで「ダーツでもやるか、お前が的な」と言われたら泣いてしまう。 騎士さんは面倒そうな顔をして近くにあった収納ケースを開けてなにかを取り出し俺の前に投げた。 そしてまた窓の近くに座り武器の手入れをし始めた。 俺は投げられたものを持ち上げて、無表情で騎士さんを見た。 「…騎士さん、俺…いくつだと思ってるんですか?」 「お前の頭では十分だろ」 俺の手には「よいこのぬりえ」と書かれたぬりえ本があった。 確か昔グランが大量に買ってきて結構余っていたのは知っていたが、まさかこんな時に役立つなんて… 仕方ない、暇潰しにぬりえでもしよう。 ※騎士アルト視点 数分前まで絵に色を塗っていたのに今ではもう床に寝転がり爆睡していた。 アホ面だな、同じキャラだと思いたくない…しかし顔はアルト本来の姿だから認めなくてはならないだろう。 偽アルトに近付く、本当に爆睡しているのか一ミリも動かない。 「何故お前を殺そうとしている相手の前で寝れるんだ?」 殺すのはあくまでトーマで、自分には殺せないという意味か? 試しに首筋にナイフを近付ける。 このナイフを引けば簡単に死ぬだろう…何も知らないまま…誰が殺したか分からないまま。 ナイフを離す。 ここまでしてきた計画を自らの手でダメにするわけがない…何もしない、今はまだ… トーマに殺される以外何の価値もないんだ、いつも姉のおまけで頼れる者は家族だけ……そうゲームでは思っていた。 でも今実際に分かるのは頼れる家族でさえアルトを捨て駒のように扱っていた。 ゲームをしていた奴らは皆分かっていただろう…でも、当事者は全く気付いていなかった。 滑稽だと笑う……バカな自分を殺したくなる。 愛だ?想う気持ちだ?そんなものは認めていない、トーマに殺される…アルト・シグナムの生きる価値はそれだけなんだ。 何故それが分からない?同じアルト・シグナムでも所詮は名前だけ借りた偽物だからか? 偽アルトは寝返りをうつ、そのとろけた顔は幸せそうな顔だった。 ……アルトであるならそんな顔をするな、常に世界に絶望した顔をしろ。 「…とーまぁ」 「チッ…」 腹が立ち、偽アルトの頬を伸ばす。 ちょっと顔が歪んだが起きる気配がない。 何故、コイツの口からトーマという名を聞くと腹が立つのか分からない。 他の奴がトーマと呼んでも平気なのに… トーマは敵だからか、アルトはこうでなくてはならないと思っているからか。 ゲームのアルトはトーマとは呼ばない、いつもお前か貴様だった。 だからお前も言うな。 「お前は、俺と一緒に死ぬんだ…殺す奴の事なんてどうでもいいだろう」 「む…んー」 口を塞ぐとちょっと苦しそうな声を出した。 たまたまゲームでアルトを殺したのがトーマだっただけだ、それ以外にトーマにこだわってはいない。 ゲームで姉に殺されたり父に、名もなきモブに殺されたらそちらにこだわるだろう。 トーマにこだわってるのはトーマが好きとかいう感情からではない。 むしろ、トーマは嫌悪するほど嫌いだ。 アイツのせいでアルトは頭が悪いバカになった、あんな男を信じる価値なんてないのにバカみたいに信じて…… 偽アルトはトーマよりも重要な人物だ、自分だから自分以外の言う事を信じる偽アルトが許せない。 もう少し早く出会っていれば、小さな偽アルトの教育を自分でしていたらきっとバカにはならなかったのだろう……悔しい。 偽アルトの口を離す、鼻で息をしていたから死んではないがぐったりしている。 もし、偽アルトがゲームを変えてしまったら自分はどうなるのだろうか。 トーマに殺され死ぬ存在ですらなくなったら、生きている価値はあるのだろうか。 ………人を価値があるかないかでしか見れない自分には愛とか言われても分からない。 愛に意味なんてあるのか? 子供の頃から暗殺の一族の中で育てられた。 元々悪役アルトの記憶があったから闇の世界には慣れていた。 食べ物に猛毒を入れられ、耐性がつくように苦しみもがき…常に寝ている時も周りを警戒して休まらない日々を過ごしていた。 偽アルトが同じ歳の時は友人と楽しく遊び、未来を見つめてキラキラとして前を見ていた。 常に警戒して後ろを見ていた自分とは正反対だった。 何故、同じアルトなのに何故こうも違うんだ? ずっと偽アルトは同じだと思っていた、同じ目に遭う…だから今まで耐えれたんだ…偽アルトがいたから… なのに、遠い存在だと感じてしまい焦った。 自分だけ不幸なゲームのアルトを演じて、一人で死ぬなんて嫌だ。 アイツを、偽アルトも同じく死ねばいいんだ。 そうすればもう…誰にもアルトという存在に触れる事は出来ない。 軽く偽アルトの首に触れる、こんなに細いのか…首締めたらすぐに折れそうだ。 まぁやらないけど、アルトとアルトを永遠に結ぶ引き立て役にはトーマで十分だ。 偽アルトに不要な愛を教えたアイツは重罪だ。 偽アルトを永遠に失う罰を与える、絶対にもう手に入らない場所に連れていく。 まだ呑気に寝ている、力を込めたら息が出来なくなるのに… 顔を近付ける。 コンコンと控え目にドアを叩く音が響き動きを止めた。 …何をしているんだ、同じキャラに…とため息を吐き偽アルトから離れてドアを開けた。 そこにはもう一度ドアをノックしようとした姿のまま不機嫌に眉を寄せたガリューとか言う男がいた。 ゲームに出てこないモブは基本名前も覚えないが、コイツは偽アルトの味方みたいで何かと突っかかってくる。 偽アルトを閉じ込めた時もうるさかったから「シグナム様の命令だ」と一言で済ませた。 実際似たようなものだ、アルトを閉じ込めないと勝手な行動をして計画を台無しにするとシグナムに言い、納得させたからな。 シグナムの命令なら何も言い返せないと悔しそうな顔をしていた。 アルトの味方は自分自身だけだ、他はいらない。 「アルト様は?」 「…寝てる、それより何の用だ?」 「……………シグナム様がお呼びだ」 「本当か?」 ガリューは睨んできた。 一応確認だ、シグナムの名を出して嘘を付いたらシグナムにどんな罰を与えられるか分からない…そんな事をする愚かな奴はいない。 しかし話が長引いたら困る、偽アルトがずっと寝ているわけにもいかない。 ガリューを見た。 この男は信じていないがシグナムの命令なら勝手にアルトを逃がしたりしないだろう。 しかしアルトがベランダに出たいと言ったら何の疑いもなく出しそうだと考える。 「おい、俺が帰るまでアルト様を見ていろ…あの人は今不安定な状態だ…窓の近くに行けば自殺しかねない…窓には近付けさせるな」 「なっ…!!」 思った通りガリューは驚いていた。 そんなガリューの横を通り歩く。 信じてるかなんてどうでもいいが、もしかしたら死んでしまうかもしれないと少しでも思っていたら窓には近付けさせないだろう、偽アルトが何を言っても… 一応早めに切り上げよう、自分はガリューを一ミリも信用していないからだ。 たまたまそこにいたから頼んだだけだ。

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