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第51話※トーマ視点

寄宿舎に戻りこっそりため息を吐く。 アルトのところに行きたいが、まずこの空気をどうにかする必要があるな。 シグナム家から帰ってきたら何やら派閥が出来ていた。 アルトを信じる者の派閥とアルトは敵、殺すべきだという派閥だ。 俺は勿論前者だが、騎士団長だから中立の立場の方がいいのかもしれない。 明らかに敵派の派閥の方が珍しいが信じる者の派閥の中に珍しい顔があった。 リンディは信じてるだろうから当然としてノエルがアルトを信じる派閥にいて驚いた。 「ノエル、お前も信じるのか?」 「…まぁ、あの時はリンディ様を守る事に必死で敵の言葉を鵜呑みにしたけど…リンディ様が言った通り、確かにアイツはリンディ様を守ろうとしたなぁーって思って」 「……そうか」 きっと俺の時のようにリンディに聞いたのだろう。 俺はノエルにリンディの護衛を頼まないと言ったが、結局騎士団の中で一番信用出来るのはノエルだ。 不安がないと言えば嘘になるが、ノエルを信じる事にした。 結果的にアルトの優しさを見ていい結果になった。 親友がアルトを信じてくれて自分のように嬉しく思う。 しかし、敵派はどう説得しようか…アルトを昔から知る者以外だとリンディが襲われたアレが全てだ…今の段階だと説得はほぼ不可能だろうな。 今は放置するしかないがずっとほっとくわけにもいかない。 アルトを信じる派はグランを除き冷静な奴が多いだろう。 リカルドに敵派が妙な行動をしないように見といてくれと頼んだ。 リカルドは先輩騎士に可愛がられているからリカルドの言葉なら少し耳を傾けるかもしれないと思った。 本当はノエルが良いだろうが、ノエルは副団長で仕事が多いからいちいち気にしてられないだろう。 それにノエルには話したい事があった、大事な話だ。 ノエルの肩を叩き仕事部屋に向かう。 まだ言い合いを続けていた部屋から離れた仕事部屋のドアを閉めると音は聞こえなくなった。 静かな空間になりノエルは口を開いた。 「お前は彼をどう思ってる?」 「愛してる」 「…………………は?」 ノエルがどう思うか聞いてきたから素直に答えただけなのに呆然とした顔はなんだ、失礼な奴だな。 ノエルは「いや、敵か味方か聞いただけなんだけど…」と言った。 …そうならそうと言ってくれればいいのに、紛らわしい。 俺はノエルに話した、アルトが昔から言っている俺の姫だという事を… ノエルは姫が女の子だとずっと思い込んでいて驚いていた。 当然だ、俺もずっと思い込んでいたんだから… 「…マジか、お前のお姫様が男でシグナム家の息子か………悲恋じゃないか」 「何故悲恋にする?…俺は絶対に悲劇にはしない、アルトを幸せにする」 「……………そうか、まぁ…お前の見る目は信じてるからきっと彼も大丈夫なんだろう」 ノエルは苦笑いして最後に「まぁ、男より女の子の方が良い匂いするし…可愛いけどな」と言った。 お前が連れている女は香水キツいし化粧も濃いけどな。 アルトは化粧してなくて可愛いし体臭は良い匂いだ、お前には嗅がせないけどなと勝ち誇った顔をする。 …っと、そんな話をしに呼んだんじゃなかった。 ノエルは「トーマの好きな子はリンディ様だと思ってたよ」と机にある書類を眺めて言った。 リンディはただの幼馴染みだ、何故そうなるのか本気で分からない。 「俺はアルトに話をしに行く…それでアルトを俺の傍に置きたい」 「……それって騎士団に入れるって事か?」 「アルトが頷いてくれれば…」 「そっか、でも今はちょっと厳しいな」 分かってる、アルトに敵意がある奴がそれを許すとは思えない。 アルトが騎士団入団試験に合格して騎士団に入ってもアルトに危害を加える奴が一人でもいたら危ない。 今は、難しいだろう……でもいつか…共に居てくれる日が来たら嬉しい。 ノエルは「まずは説得だな」と俺を見た。 道のりは長いけど、少しずつアルトを理解すればきっと信じてくれる…俺の騎士団はそういう奴らがいる場所だと信じている。 ライバルが増えたら困るけど、誰にも負けない自信があるからやはり大丈夫だ。 「悪かったな、時間取らせて」 「麗しの騎士団長様のご命令とあれば喜んで!」 「…言ってろ」 最近はアルトの事であまり笑う事がなかったが、俺とノエルは笑った。 ノエルには俺の気持ちを伝えたかった。 他の奴らにはアルトと仲直りしてからでも遅くないだろう。 ノエルはまだ喧嘩してるであろう派閥の奴らを黙らせると部屋を出ていこうとしていた。 殴るなよと一応言っておく、ノエルは考えるより手が出るタイプではないのは分かってるけど本当に一応。 「分かってる」とノエルは笑った。 部屋を出る前にノエルは口を開いた。 それはいつもの明るいノエルの声ではなく少し低い声だった。 「シグナム家の家の周辺が最近妙らしい、気を付けた方がいいかもな」 「……妙?」 「魔獣の目撃者が沢山いる、それに強盗事件も増えている……捕まえると全員敵国の奴らだ…どう思う?」 「シグナム家が魔獣を使ってなにかしようとしているのは間違いないだろう、それと敵国の奴が暴れている…か、スパイが他にいてカモフラージュするために事件を起こしている…とかか?」 「あるかもな、その話はまだ確定じゃないから慎重に調べよう…シグナムの名前を出しただけで敏感になる奴が多いからな」 ノエルに頷くと今度こそ部屋を出ていった。 椅子に座りノエルの言葉を考える。 シグナムとスパイ…なにか繋がっているのか? しかしあのプライドが高いシグナムが敵国なんかに従うとは考えづらい。 それならスパイは別…? ………もしかして、いや…まだ証拠がない…早まるのはまだ早い。 とりあえず今はアルトに会いに行こう。 アルトを拐ったらアルトから家族を奪う事になるだろう、でもアルトが家族から離れたくないなら仕方ない。 手放す気はない、ただアルトの家族を改心させれば騎士団と争わなくて済むし、アルトもどちらかを取るなんて酷な選択をさせなくてよくなる。 こちらも簡単な事ではない、でもアルトのために…シグナム家に怯える国民のために必要な事だと思っている。 俺はなるべくシグナム家の人の命は取りたくない、俺の目的はシグナム家の壊滅ではなく…シグナムを逮捕する事だ。 そのためにはシグナム家の動きを知る必要がある。 アルトは話してくれるだろうか、家族を売る真似はしないかもしれない。 ……俺がアルトを信じたようにアルトにも俺を信じてほしかった。 必ず、シグナムを止めてみせる…アルトはきっとシグナムの悪事をよく思っていないだろうから… だから、信じてほしい……これは強制ではなくお願いなんだ。 「……アルト、もう絶対に泣かせたりしないから」 ギュッと手を握る。 俺は大切な人を守るために、この戦いを終わらす決意をした。 ゲームを知らないトーマには結末なんて分からないし、ルートやフラグなんて勿論分からない。 だからこそ、自由に動けて自分の思った通りの行動が出来る。 本物のアルトはトーマの動きを計算していなかった。 もう既にトーマがゲームのトーマではない事に気付いていなかった。

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