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第52話
目を開けた。
ボーッとした視界に映るのは真っ白な天井だ。
あれ…何してたっけ。
手に何かを持ってる感触があり、何となく持ち上げて見る。
これは、ゲーム機か……そういえば夜遅くに眠れなくてゲームやってたのを思い出す。
あれ、ゲーム?この世界にゲームなんてあったっけ?
まだ覚醒しない頭が見慣れたゲーム機を見つめる。
そして扉が開く音がした。
そこで目が覚めた。
「お兄ちゃん、今日は早起きだね!」
そこには真新しい制服を着た妹がいた。
言葉にならなくて驚いた。
ここは病室だ、そして自分は今入院している。
ドキドキと心臓がうるさい。
あれ…?全部夢だった?今までの、全て?
そんな筈はない、だってアルトになって転生してそれでトーマと出会って…
ゲーム機を起動させて画面を見る。
画面にはトーマがいた、ヒロインのリンディと幸せそうな絵が見える。
妹も画面を覗き込む。
「あっ!クリアしたんだ!じゃあこれ持ってきて正解ね!」
「……それは」
「『口付けの契約-その愛を永遠に-』よ!三作目なんだけど、私のオススメはやっぱりトーマで…感動するの!」
トーマ、その名前を聞いたら何だか泣きたくなった。
全部夢にしたくない……トーマへの感情も、トーマと過ごした時間も、皆と歩んだアルトという人生を…
ゲーム機にセットする妹を見た。
そしてパッケージを見た。
真ん中にリンディとリンディを守るトーマの絵があり、周りに攻略キャラクターの絵があった。
妹がゲーム機を渡してきて起動する。
今までただのゲームとして見ていた、でも今は違う。
トーマを幸せにするためにゲームを進める。
アルトを殺すシーンを見るのは辛いが、ゲームだから助けられない。
オープニングが終わり、リンディが寄宿舎の自室を掃除するシーンから始まった。
このシーンはどこら辺なのだろうか。
アルトの登場シーンは三作目の途中からだから……うーん、あの夢はめちゃくちゃだったし分からない。
リンディの部屋にいろんな騎士が出入りして会話をしていた。
トーマはまだかな、と進めていく。
グランとリカルドに会った、グランはまだしもリカルドに会うのは可笑しいと気付いた。
だってリカルドの登場シーンは三作目だから序盤から登場しなかった筈。
何故、違う?これは三作目と思ったら四作目がだったとか?……四作目なんてあったか?
何でもない世間話を終えて、トーマがいない事に気付いた。
それは画面の向こうのリンディも同じだった。
リンディは近くにいたノエルにトーマの事を聞く。
二人は親友だし、なにか知ってるかもと考えた。
「ノエル様、トーマは?」
「彼は今誰とも会いたくないようでほっといても死にませんよ」
ゲームのノエルの口調に違和感を覚える。
いや、ゲームのノエルはこのままだがあのノエルに会ったからか変な感じがする。
ただリンディをトーマに会わせたくないがために言ってるようで苦笑いする。
彼のルートは嫌いではないが、トーマルートを目指すアルトにとっては間男のように感じてしまう。
リンディはトーマに会いたいのにと困ってしまい、リカルドがため息を吐いてノエルを睨む。
リカルドは優しいから、リンディが好きでもリンディが幸せなら誰と一緒でも構わないという性格をしているからトーマの居場所を言う。
そんな優しいリカルドと夢でも友達になれて嬉しかった。
出来る事ならリカルドとルカと三人でまた出かけたかったな。
「トーマ様なら訓練所、でも行かない方がいいのはノエル様と同じ意見だよ…正直危ない」
リカルドがそう言うなら危ないのだろう。
でもリンディは行く事を決めて皆に手を振り寄宿舎を後にした。
寄宿舎の少し離れた場所に訓練所がある。
リンディは利用しないがトーマは騎士団長だからよく部下の訓練とか自分の訓練に利用していてリンディは何度も眺めていたから迷わず行けた。
まだやったばかりだから誰のルートでもないのだろう。
全員と話終わったらルート選択が来る筈だ。
リンディは訓練所の扉を邪魔にならないようにそっと開けた。
大剣が障害物を破壊する大きな音が静かな訓練所に響く。
何時間大剣を振るっていたのか、汗を流し息を荒げてもその手は止まらなかった。
トーマの威圧感に声を掛けるのも忘れて呆然と立ちすくむ。
どんなに大きな岩でも金属でも魔力なしで力だけで押し進むトーマは本当に強いのだろう。
これで魔力発動したらと思うとゾクッと声を掛ける。
訓練所の隅に置いてあるタオルを取ろうと振り返り、そこにリンディがいる事に気付いた。
「……いたのか」
「ご、ごめんね邪魔しちゃって」
「構わない、ちょうど休憩するところだ」
タオルで顔を拭き床に座るトーマの隣にリンディが座るCGが見える。
本当に絵になる美男美女だなと苦笑い。
アルトがいない世界はこうだったのかな、正確にはアルトはいるが……自分がいない世界だ。
トーマはまっすぐ前を見つめていた。
リンディはトーマの手に包帯が巻かれている事に気付いた。
その包帯が少し血で滲んでるところを見るとリンディじゃなくても心配してしまう。
「トーマ!怪我してる!医務室行かなきゃ…」
「医務室行ったら止めなきゃならなくなるだろ」
「完治してからまた訓練所に来れば良いよ!」
「それじゃ、遅いんだ」
トーマは低くそう呟き怪我をしている手を握りしめる。
こんなトーマ初めて見たリンディはそれ以上何も言えなかった。
何がトーマをこんなに動かせるのか、リンディは分からなかった。
トーマは大剣を掴み立ち上がる。
5分も休憩していない、このままじゃトーマが倒れてしまう。
トーマのシャツの袖を掴んだ。
それを優しく手で外されリンディを見て微笑んだ。
「俺は早く強くなりたい、だから止めないでくれ」
「……トーマは十分強いよ?」
「大切な奴を守れなかった俺は、弱い」
「大切な…人?」
「俺はお姫様を助けるために強くなる、再びこの手で抱き締めるために…アルトを迎えにいくために」
ゲーム機を掴む力が弱まり手から滑り落ちた。
今、トーマはなんと言った?
アルト?そんな、だってトーマはゲームのトーマは……
妹に聞こうと妹の方を向き違和感に気付いた。
あれ…、誰もいない。
静かな病室がそこにあった。
何も言わずに帰ったのだろうか。
再びゲーム機を手に持つとエラー画面が見えた。
いくら操作しても動かなくなった。
あの続きが聞きたかった、たとえ夢でも…トーマを身近に感じられた。
目元が熱くなり頬を伝う。
自分だって同じだ、トーマを抱き締めたい…トーマに会いたい。
病室全体にヒビが入った。
また、あの世界に戻る予感がした。
トーマが頑張ってるんだ、ただその時を待つ事は止めた。
自分から行動しよう…トーマに会いに行く。
自分に、アルトにとってもトーマは大切な人だから…
『君が何故、魔力がないのか…考えた事があるかい?』
直接脳内に響く無機質な声……
その意味を考えるまでもなく俺は壊れていく世界を眺めていた。
今度こそ、目覚める。
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