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第53話

目を開けると見慣れた天井が広がっていた。 ホッとした、トーマ達が夢じゃなくて良かった。 それともまだ夢を見ているだけなのか? 額に冷たいものが当てられ大きな手に触れる。 横を見るとガリュー先生が心配そうに見ていた。 なんでガリュー先生がここにいるんだろう。 「ボーッとしてるけど、大丈夫か?」 「大丈夫、寝起きだからボーッとしてるだけ」 「そっか」と呟き微笑む。 ガリュー先生は過保護だな、そんなに顔色悪い? 鏡がないから頬を触っても分からない。 …あれから何時間経ったんだろう。 周りを見ていつも俺を監視する騎士さんがいない。 もしかして自分が逃げるか試されてると思ってしまう。 「ガリュー先生、騎士さんは?」 「騎士さん?」 「あ、えっと…俺と一緒にいた護衛の人です」 「あー、彼か…彼はシグナム様に呼ばれていない」 そうか、じゃあ何処かで様子を見てるって事はないのか…いや、監視カメラはありそうだ。 だんだん思考が戻りベッドから降りた。 床で寝ていたと思ったがガリュー先生が運んでくれたんだろう…騎士さんならきっと放置だろうし… ガリュー先生にお礼を言い考える。 今なら脱出出来る?いや、騎士さんの事だ…なにか対策をしている筈だ。 とりあえずまだ騎士さんは帰らないだろうし、あまり時間はないがガリュー先生の話を聞かなくては… 「あの、ガリュー先生…彼になにか言われましたか?」 「えっ!?いや、何も…」 ガリュー先生は嘘つくのが下手だ、そんな態度だと自分からなにか言われたと言ってるようなものだ。 とりあえずこの場から出るなら窓からがいい。 ドアからだと目立ちすぎるし、すぐに見つかってしまう。 それに出るには騎士さんの許可がいるからどっちにしろ無理だろう。 窓からなら何とか出れる、梯子があれば… チラッとガリュー先生を見ると困ったような顔をしている。 …いつも過保護だけど今は特に心配している、何故だろう。 「ガリュー先生、梯子ってあります?出来れば長いのがいいです」 「…梯子?あー、二階の非常口の近くに置いてあったような…」 「ちょっと必要で、取ってきてくれますか?」 ガリュー先生はびっくりした顔でこちらを見る。 何故そんなに驚くのだろうか、梯子を使う理由が分からなくてもそんなに驚かないと思うが… ガリュー先生は騎士さんが帰ってくるまで俺に傍を離れられないと言った。 逃げたらダメって騎士さんに言われたのだろうか、だとしたら梯子を使う理由を言ったらもっとダメだ。 多少の怪我を我慢して飛び降りるか…でもそれだと走って逃げるのに支障が出て騎士さんに捕まる。 悩む俺にガリュー先生は俺に近付き頭を撫でた。 「なにか悩みがあるなら相談に乗る、だから早まるな」 「……早まる?」 「自殺なんてダメだ!生きてたらきっと良いことがあるし…坊っちゃんが死んだら…悲しい」 今度は俺が目を丸くする番だ。 自殺…?何の話だ? もしかしてガリュー先生はこれを心配していたのか? おそらく騎士さんがそう言ったのだろう、自殺しそうだから見張っとけとか… 命を無駄にする事は絶対にしないのにと複雑な気持ちになりながらガリュー先生に説明する。 ガリュー先生は半分信じてなさそうだが、とりあえず聞いてくれて良かった。 「俺は自殺するつもりはないし、ガリュー先生だって俺の事分かってると思うんですが」 「……う、ま…まぁ…でもじゃあなんで彼はあんな事を言ったんだ?」 ガリュー先生に騎士さんの事を全て話したらきっと楽になるだろう。 そしてガリュー先生は騎士さんになにかしに行く。 俺は関係ない人を巻き込みたくない。 理想は何も知らずガリュー先生が俺が逃げるのを見て見ぬふりをしてくれる事だ。 でも、それだと後でガリュー先生が責められてしまう…難しい話だ。 行ってすぐに戻ってくればガリュー先生が責められる事もないのかも… 騎士さんが何時帰ってくるか分からないし、トーマが何処にいるか分からない…だけど今のアルトにはそれしか考えられなかった。 「ガリュー先生!俺、少しだけ外に散歩して来ます!すぐに戻ってくるので心配しないで下さい!」 「…散歩って、いやでもシグナム様に外に出すなと言われているし」 「バレる前に帰って来るので安心して下さい!ガリュー先生には迷惑は掛けません!」 「いや、俺の迷惑はどうでもよくて……うーん」 グランほどじゃないが、ガリュー先生も俺のおねだり攻撃に甘かった。 普段わがままを言わないから効果は抜群だ。 ガリュー先生は悩んでいる、きっと自分の事ではなく俺が外に出て危険な目に遭わないか心配なのだろう。 しかし自分が俺に着いて行ったらもし緊急時この部屋に誰もいなかったら大変だから離れられない。 ガリュー先生が心配しているのは俺の安否だから、監視カメラかなにかで常にガリュー先生が見える状態にすれば安心なのではないのか。 トーマと会うところは見せられないからその時はカメラのレンズを布で隠せば誤魔化せる。 「ガリュー先生のペットのピッピを貸して下さい、それなら安心ですよね」 「……アイツか、まぁ…そうだな」 ピッピとはガリュー先生の相棒兼ペットの目玉に悪魔の羽根が生えた使い魔だ。 あの目玉はガリュー先生の目と繋がっていて、いろいろと便利だと昔教えてもらった事を思い出す。 ガリュー先生は確実に揺らいでいる、もう一押しだ。 何も理由は聞かず、見逃してほしい。 ポロッと頬に雫が伝う。 ガリュー先生は目を見開き驚いている。 泣いてる場合じゃない、早くなにか言わないと時間がなくなっていく。 なにか言いたくても喉が震えて声が出ない。 情けない自分が嫌になり拳を強く握る。 いろいろ考えてしまった。 トーマに会いたい、皆を救いたい、誰も傷付けたくない……それが自己満足だとしても、俺はそうしたいから行動する。 それが、アルト・シグナムとして生まれた運命だって…そう思うから… でもここで失敗したらその自己満足も中途半端になる。 何とか声を出そうと口を開いた。 すると暖かいもので包まれた。 それはガリュー先生の腕の中の温もりだった。 ギュッと抱きしめられてちょっと苦しかったけど、何だか安心した。 「もういい、ただの散歩なんだな…すぐに帰ってくるんだな」 「………はい」 「なら俺は坊っちゃんを信じる、こっちは上手く誤魔化して時間稼ぎしとくから」 ガリュー先生はただの散歩だとは思っていないのだろう。 でも、何も言わず信じてくれた。 最後は泣き落としになってしまったが、手段は選んでられない…武器になるものは利用しなくては… さすがに涙が武器になるなんて思わなかったけど… 使い魔が見ている事が最大の安心要素なのだろう。 白衣のポケットからピッピを取り出し俺の肩に乗った。 暗くなる前に帰る事、それとなにかトラブルがあったら開けるようにと手のひらサイズの袋をもらった。 これはガリュー先生がいつも持ってる御守りのようなものではなかっただろうか。 「ガリュー先生、いいの?」 「坊っちゃんを守ってくれるなら…必ず坊っちゃんの手で返してほしい」 「ありがとう、ガリュー先生」 必ずトーマに会って帰ってくる。 俺とガリュー先生は窓に向かった。 ほんのり夕日が顔を出しているのが見える。 日が沈むまであまり時間はない。 ……トーマはこの時間何処にいる?寄宿舎? いや、違う……ゲームを思い出せ…トーマは何処にいた?

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