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第66話

あれから日が過ぎてとうとう今日、作戦計画決行の日だ。 時間を潰しながらずっと休まぬ時間を過ごしていた。 相変わらず騎士さんは俺を観察していて一度作戦のシミュレーションに参加しないのか聞いた。 そして衝撃的事実を聞いた。 騎士さんは勿論作戦に参加する。 しかし、騎士さんは俺と姉と同じ…つまり見張りに参加するという。 自ら志願したようで言葉が詰まった。 騎士さんがいるなら作戦はより難しくなった…なんせ騎士さんはずっと俺を見張っているのだろうから… 姉に騎士さんを引きつけてもらうか、いや…それだと姉にどう説明する? 頭を悩ませている一日でもあった。 何も思いつかないまま、今日という日が来てしまった。 母からもらった大砲は見かけよりずっと軽かった。 俺の気持ちはずっと下がっているが… 両親と騎士達は自分の定位置に移動するのを眺めて姉と共に英雄ラグナロクが通るであろう森の真ん中で茂みに隠れて息を潜めた。 この森は王都の出口と繋がっていて、森を抜けなくては国境線に迎えない。 だから必ず来る筈だ。 騎士さんが俺の後ろにいる、どうにかしないと… 「あの、俺はいいので姉さんのところに…」 「…何を言ってる?俺が何故ここにいると思ってるんだ」 そうだね、俺を見張るためだね…言われなくても分かっている。 黙る俺に騎士さんは何も言わなかった。 だから困っているんだ…見張られたら英雄ラグナロクを通してしまう。 シグナム家の命令としては英雄ラグナロク以外がこの場を通ったら足止めをしろという命令だからそれで構わないんだけど、俺としてはダメだ。 このままだとゲーム通りに行く。 ……そんな事になったら俺の苦労が…いや、俺と姉の命が危うい。 大砲を掴む手に力を込める。 大丈夫、撃たなきゃいいんだ。 俺は大砲を持ち上げて騎士さんに向かって振り回した。 軽い大砲だ、威力はないが当たれば痛いだろう。 当然のように騎士さんは受け止めた。 「何のつもり…っ!?」 騎士さんは俺の大砲を持ち目を見開いた。 そこにはもう既に俺はいなかった。 騎士さんを殴って気絶させる事が目的じゃない。 注意を逸らし、逃げる事が目的だった。 向かい側にスタンバイしていた姉も俺を見て驚いていた。 俺は無我夢中で走った。 ……お願いだ、間に合ってくれ。 息を切らしながら体力の限界まで走る。 きっとすぐに騎士さんが追いかけてくる、その前に英雄ラグナロクを探さないと… そこで俺は足を止めた。 乱れた息を整えながら目の前から目が離せなかった。 英雄ラグナロクの背中が見えたからだ。 ここから英雄ラグナロクを通さなければいいが、そう簡単な話ではなくなっていた。 英雄ラグナロクは足音がしたからかこちらを振り返った。 「なんだ、まだネズミがいたのか」 その瞳は生気がないような無の感情のように思えて体が震えた。 直接英雄ラグナロクに会った事はないが、こんな人だったのだろうか。 ゲームの立ち絵も凶悪そうには見えなかったが… 血に濡れた剣を一振りしてこちらを見た。 俺は涙が止まらなかった。 英雄ラグナロクが怖かったのもあるが、そんなんじゃない。 強く手を握り震える体を押さえつけて英雄ラグナロクを睨む。 「……トーマを、殺したのか?」 精一杯声を絞りだし、英雄ラグナロクに言った。 英雄ラグナロクの目の前には倒れているトーマと血だらけで木に寄りかかるノエルがいた。 もう既に戦った後のように思えた。 英雄ラグナロクの剣に染み付いたその血はノエルのものなのかトーマのものなのか、それとも二人のものなのか。 英雄ラグナロクはこちらに向いて一歩一歩近付いてくる。 足止めしなきゃ、でもトーマ達の安否も気になる…どうすればいいんだ。 「…君は、確かシグナムのところの子だな」 「え…?なんで?」 突然重苦しい空気を打ち破ったのは英雄ラグナロクだった。 なんで知ってるのだろうかトーマが話したのか? そう思っていたら英雄ラグナロクが俺の胸元を指差した。 俺の今着ている服は全身黒いコートに胸元にシグナム家の家紋が刺繍されているものだ。 すぐに納得した。 大砲を置いてきた事が悔やまれる。 英雄ラグナロクに向けるつもりはないが気を逸らす事は出来たのに… 「君が何故トーマを見てそんな顔をする?君にとってラグナロクはいなくなって嬉しい存在ではないのか?」 「……嬉しい、わけないじゃないですか」 確かにゲームのアルトならそうかもしれない。 でも、俺は…トーマが好きなんだ…いなくなって嬉しいなんて思うわけがない。 トーマだけじゃなく、誰もいなくなってほしくない。 綺麗事でも構わない、俺はそう思ったから…今この場所から英雄ラグナロクを通さない、それだけだ。 英雄ラグナロクの足に合わせて後退っていた足を止めた。 英雄ラグナロクも足を止めた。 「邪魔をするなら君も斬り伏せるよ?そこを退きなさい」 「退きません、絶対に!」 英雄ラグナロクの目付きが敵を見る殺気に変わった。 腐っても父を一度負かした英雄、殺気が肌をヒリヒリと焼き焦がすように痛みを感じた。 逃げ出したい足を必死に地面に縫い付けて睨み、両手を広げて通さない。 剣を向けられる……その黒い剣は禍々しく感じた。 これが英雄が持つ剣なのか? いつ斬られるか分からない恐怖と戦っていたが何故か英雄ラグナロクは剣を下ろし不思議そうに剣を眺めて首を傾げていた。 「可笑しいな、魔力を吸収した筈なんだけど…なんで君まだ平気そうな顔で立ってるの?」 「……へ?」 言ってる意味が分からず首を傾げた。 魔力を吸収ってなんだ?そんな力があるのか? リンディの契約の魔法使いみたいなものだろうか。 それとも俺みたいなゲームではなかった未知なる力なのか。 とりあえずこの隙になにかしようと一歩踏み出したら英雄ラグナロクはすぐに立ち直り再び剣を向けた。 石でも見つけて遠くに投げれば気を逸らせるかもと思ったが失敗した。 英雄ラグナロクの動きさえ封じれば良かったんだけど上手くいかないな。 「まぁいいや、斬り伏せればどっちにしろ君は死ぬからね」 英雄ラグナロクは俺に向かって斬る構えになって襲ってきた。 間一髪避けるが動きが早くてもう次の攻撃を仕掛ける。 尻餅を付いたら目の前に剣を突きつけられた。 この至近距離で一度は何とか避けれるかもしれない、けどすぐ来る二度目は確実に避けられない。 トーマが魔力を失っているだけなら魔力を与えればノエルを回復する事が出来る。 その代償が俺の命だとしても二人は助けたい……そして俺の意思を継いで英雄ラグナロクを止めてほしい。 しかしトーマまで向かう事は出来なくなった、その前に殺されるだろう。 俺は一つだけ聞きたい事があった。 俺が聞いても仕方ない事だろうけど… 「なんで、トーマとノエルを傷付けたんですか?トーマは貴方を継いで騎士団に入ったのに」 「私が欲しいのは言う事を聞く人形だけだ、壊れた人形は再び作り替えるだけだ……トーマは惜しいほどの才能がある、だからトーマを逆らえないように調教する必要がある」 「トーマは人間で!貴方の息子だけど貴方のものじゃない!トーマにもちゃんと意志がある!」 「…………そうか、トーマを変えたのはてっきりノエルくんかと思ったが…君だったのか」 英雄ラグナロクは小さくそう呟いた。 その目はさっきより強い殺意で俺を見ていた。 剣が振り上げられる。 俺はそれをただ見ている事しか出来なかった。 しかしその剣は振り下ろされる事はなく止まった。 死を覚悟していたつもりだったから目を丸くした。 英雄ラグナロクの口からため息が溢れた。 「……はぁ、父親に剣を向けるなんて…本当にどうしようもない愚息だ」 「アルトから離れろ、クソ野郎」

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