103 / 104
第103話
翌日、俺とガリュー先生は寄宿舎の前にいた。
先に動くのは俺達だ。
そしてシグナム家に入り、この国を襲う日時を調べる。
それからトーマ達が動く。
俺はシグナム家が怖くなり逃げ出しガリュー先生が俺を追いかけて捕まえたというシナリオになっている。
元々俺はシグナム家に協力的ではなかったし、逆にガリュー先生は真面目にこなしていた…ヘマをしなければ疑われる事はないだろう。
いつ動いてもいいようにトーマ達は寄宿舎で待機していた。
見送りはいらない、だって俺の傍にはいつもトーマがいるから…
指輪に軽く触れるとガリュー先生が俺の肩を軽く叩いた。
「…行きましょうか、坊ちゃん」
「うん、行こう」
捕まえた証拠に俺の身体を縄でぐるぐるに縛った方がいいのではないかと提案したが、ガリュー先生はそもそも温厚な性格だしあまり過剰にやると逆に怪しまれると却下された。
ガリュー先生と手を繋ぎ寄宿舎を後にした。
前の記憶だともうシグナム家には俺がゼロの魔法使いだと知られている。
だとしたら両親は必ず俺を利用しようとする。
嫌がる俺を拘束されたらいろいろと不都合になる。
ガリュー先生は自分の持ち場からあまり離れられないから俺がトーマ達に伝言を伝える役割だから拘束は避けたい。
俺が協力的になれば悪いようにはしないだろう。
両親だって言う事を聞いてくれた方が都合がいいだろう。
一歩一歩シグナム家に近付く度に嫌な汗が流れてくる。
平常心にならなきゃいけないのに、怖い。
自然とガリュー先生の手を握ると前を歩いていたガリュー先生はこちらを振り返った。
「…坊ちゃん、大丈夫…きっと上手くいく」
「……う、ん」
目の前にシグナム家が姿を現した。
深呼吸をして、落ち着かせ、そんなに時間が経っていないのに懐かしい感じがするシグナム家の扉を開いた。
事前にガリュー先生が父に俺を捕まえたと伝書鳩で伝えていた。
だからか、メイドや執事…あらゆる使用人達が一列になり俺を出迎えた。
あの時と似ている、やっぱり俺を利用するつもりなのだろう。
それならそれで好都合だ。
周りを見たら壁に寄りかかる騎士さんがいた。
でもこちらを見ようともせずなにか考え込んでいる。
俺が騎士さんに近付こうとすると周りに使用人達が寄ってきて近付けない。
俺が逃げた事を知っているからまた逃げないように囲っているのだろう。
ここでガリュー先生ととりあえず別れる。
夜にまた理由をつけて俺の部屋に来る事になっている。
そこでお互いの情報を話し合う。
きっと騎士さんが俺の部屋を見張ると思うから騎士さんも仲間に引き入れたかったが、無理なのだろうか。
どちらにせよ今は使用人が邪魔して騎士さんに近付けられないから先に両親に会いに行こう。
「父さんに会いたいんだけど、案内してくれますか?」
「…かしこまりました」
近くにいたメイドに案内を頼み後を着いていく。
いつもは長いように感じられた道も今日は早く感じた、気持ちが先走っているからだろうか。
俺が拘束されたあの時以来に入る会議室だ。
ここにいる、恐怖で足が震えそうになるのを見ないふりをして扉がゆっくり開くのを眺めた。
そして両親が俺が来る事を分かっていたかのように待っていた。
メイドは早々に部屋から出ていき、家族のみ残った。
そういえば姉は何処にいるんだろう、見当たらなかったけど…
「お帰りなさい、アルト」
最初に口を開いたのは母だった。
優しい口調だったが瞳に光はなく冷たい印象だった。
父は何も言わなかったが威圧感が凄くて一歩後退りそうになる足を何とか踏みとどめて二人を見た。
俺は作戦を決行する、それだけだ……怪しまれてはいけない。
父より母の方が話しやすい気がして母の方を見た。
指輪をしている手を握りしめて口を開いた。
「俺がゼロの魔法使いだって、知ってるんだよね」
「………」
何も言わないが驚きもしない、それが答えだ。
俺は話を続けた。
能面だった二人の顔が微かに驚きに変わったのは俺が「協力したい」と言ってからだった。
そりゃあそうだろう、俺は今までシグナム家の悪事には関わらなかった。
それが帰ってきていきなり協力だ、誰だって裏があると勘ぐりたくもなる。
俺もそれは承知だ、だから続けて言った。
「俺は任務に失敗してしまった、英雄を殺し逃した……だから償いたい、そう思っている、シグナムのために」
シグナムのため……それがシグナム家の忠誠の言葉だと知っていた。
ゲームでそのシーンが出てきたからこそ分かっていたが両親は俺がその言葉を知ってる事は知らない。
本心を隠し、まっすぐと両親を見つめた。
俺がその言葉を知ってると言うことは誰かシグナムに忠誠を誓うものに聞いたという証になる。
ここで拘束されたら全てがおしまいだ、それだけは避けなくてはならない。
短い沈黙が長く感じられた。
俺の足元になにかが投げられた。
昨日の光とは真逆で照明に照らされた無機質の冷たい凶器。
「シグナムに忠誠を誓うと言うなら、分かるな」
「…はい」
これが最終確認だ。
無機質のナイフを拾い、それを親指に強く押し当てる。
シグナム家の忠誠の証として親指を少し切りつけて血を流し、裏切ると親指だけでは済まなくなるという脅しと血は魔力が多く通っていて魔力をさらけ出し嘘をつかないという証拠にもなる。
俺は最初から嘘をつくつもりでこれをやるから怖くてたまらなくなる。
親指が熱くなり薄い皮膚が破ける。
ピリッと痛くなり、血を床に流す。
俺の魔力はないから血で魔力をさらけ出すのはよく分からない。
でも指の痛みが脅しなのだと分かる。
じわじわと痛みが広がっていく。
シグナム家を更正させるために…俺は…
「アルト、貴方の熱意は分かりました」
「…母…さん」
「向かいいれましょう、貴方を…我らの手駒に」
忠誠を誓った人物に対して手駒というのはシグナム家らしいとそう思った。
ともだちにシェアしよう!