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協力

 男の名前は東條誠と言った。息子は望。妻の宏美は事故に遭い帰らぬ人となっていた。誠は弁護士、宏美は専業主婦で家事と育児は彼女が主体となって行っていたらしい。誠は妻を亡くした悲しみと、育児・家事に追われる日々で憔悴しきっていた。仕事を休むわけにもいかず、幼稚園への送り迎えだけでもかなりの負担となっていた。深夜まで預かってくれる施設の利用も始めたものの、そちらは距離が離れているので早朝に家を出ないと始業時間に間に合わなくなる。どちらの両親も早くに亡くなっており、頼れる身内がいないのだと誠は言った。  そんな身の上話をどうして一回りも離れた見ず知らずの青年にしてしまったのか。それだけ誠は追い詰められていたし精神的に弱っていた。そして、限界だったのだろう。  くたびれたスーツを着て自虐的に笑う男を見て、浅生はある決意をしていた。浅生は男に同情していることは事実だったし、事情も知らずに怒りをぶつけてしまった後ろめたさもあったが、それは些細な理由であって、一番の理由は息子の望だった。 「俺、送ってきます」 「何?」 「その施設。場所教えてもらったら行きますから」  浅生の申し出に誠は信じられないものを見る目をした。 「何を言ってるんだ、君は…」 「そっちじゃなくて、元々の園ならそっちでも大丈夫だし。あんたちょっとちゃんと寝るか休むかした方がいいんじゃないの。仕事行くにしてもさ、今日迎えは俺行ってもいいよ。バイト休みだから」  ぽかんとした顔をしてそれを聞いている誠に、浅生はああと少し考える。 「俺、怪しいよな。そこのコンビニで働いてるんで、店長に聞けば一応どこの誰かは証明とかしてもらえると思うけど…」 「いや、それは要らない」  その言葉に浅生はやっぱり断られたなと自分の無力さを覚えたけれど、 「息子の命の恩人だ。信用しないはずがない」 きっぱりとそう言い切った誠に、今度は浅生の方が面喰ってしまう番だった。 「あんた、弁護士って言ったけど人をそんなに簡単に信用していいわけ?」  その言葉に、誠はくすりと笑った。 「人を疑うのは警察の仕事だろう? それに、一応これでも人を見る目はあると思ってるんだ。それこそ職業柄色んな人を見て来たわけだしね」  そんな風に笑った誠に、浅生はどくりと胸の中がざわめいた。それが何なのか理解する前に、 「パパ、時間いいの?」 そんな風に切り出した望の声に、両者は時計を確認してはっとする。 「やばい…、それじゃあいちご園の方に電話しておくのでそちらにお願いしてもいいでしょうか」  いちご園というのはここから歩いて15分ほどの場所にある、望の通っている幼稚園の名前だ。壁に大きく苺の絵が描いてあるのですぐに分かる。浅生は大きく頷いた。  誠はそれに頷き返し、それからまだ何か言おうとする浅生の言葉を制した。 「すまないが、時間が無い。とりあえず詳しいことは後で」  誠は鞄からスマホを取り出す。さっきの写真のことが一瞬頭を過ったが、望が急かす声で浅生は自らのスマホを出して連絡先を交換した。 「望、今日はお兄ちゃんと一緒に行ってくれな」 「えー…」  望は浅生の様子を伺っている。浅生は膝を折って目線を同じくした。そして頭を下げるとこう言った。 「さっきは怖がらせてごめんな。お兄ちゃん望と仲良くなりたい。だめかな?」 「……もう怒鳴らない?」 「望が危ないことしたら怒るよ。でも怒鳴るのはもうなし。許してくれる?」 「………うんっ」  浅生の誠実な態度、笑顔に望もつられて笑顔になる。その様子を、誠は意外に思って見ていた。浅生は見た目は今時の少しヤンチャな若者という感じなのだが、望に対しての態度はとても柔らかく、そしてこんな風に子供に接することに慣れているような感じがした。この時、誠は浅生という人間に対して興味を持った。暗く閉じていた世界に久しぶりに色がついたようなそんな感情を誠は抱いていたのだった。

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