6 / 9
兆し
最初はほんの少しだけでも父親の手助けをできればそれでよかった。その日だけ、一日だけでも助けられたらと思った。それが無責任であるかもしれないことなど浅生にも分かっていたが、今にもどうにかなってしまいそうな誠を前にそんな理屈はどこかに飛んでいた。
実際誠は相当に追い詰められていた。亡き妻の写真に縋っていたのは現状からの逃避、助けを求めていたからだ。そして、最愛の息子のことが疎かになっていたのは重なる疲労と睡眠不足のためだけではなく、どこかで自暴自棄になっていたのではないかと、正気でなかった自分に誠はぞっとするのだ。
実際はどうであったにしろ、結果として浅生は望と自分の恩人だ。妻だけでなく望まで失っていたらと考えると本当にどうにかなってしまっていたかもしれない。
それに不思議なことだが、誠は浅生と出会ったその日から世界が変わったような気がしていた。いつも見ている景色に色がつき、望と何気ない出来事で笑い合う日が増えた。自分のことはもちろん、望があまり笑わなくなっていたなんてこともまったく気づいていなかった。
これからも望の送り迎えを買って出ると言ってくれた浅生に甘えてしまったのは、望がそれを望んだから、それだけではなく、自分が浅生との接点を無くしたくなかったからだ。
そして、浅生の方もそういう申し出をしたのは一番は望のためではあったけれど、誠の助けになるのが嬉しいという気持ちもあった。誠が帰って来るまで望と一緒に過ごすのも、望を一人にするのは心配だという気持ちもあったのだけれど、帰って来る誠と顔を合わせる時間を浅生自身が心地よいものとして感じていたのもまた事実なのだった。
ともだちにシェアしよう!