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九九が去って病に伏した九が丸まる洞穴に残された意地悪お兄さん。
出入り口をすっぽり覆う草木の狭間から僅かに差す西日をちょっと恋しげに見つめ、そして、相変わらず身動きしない化けもん狐に視線を変えます。
「とっとと風邪なんざ治しちまえよ、九」
それから程なくして。
ろくに動くことのなかった九がおもむろに目を開いたので、そばで手持無沙汰に突っ立っていた意地悪お兄さんは「お?」と思い、なーんの警戒もなしに切れ長な双眸を覗き込んで、手を伸ばしました。
招かれざる客人……客狐として九が家へやってきたその夜から何度も何度も同衾し、人の姿になった彼とも交わった意地悪お兄さん。
いつの間に心を許していました。
化けもんだと口では罵りながらも胸の内は預けていました。
だから。
まさか今になって九に爪を振るわれるとは思ってもみませんでした。
幸い深手には至りませんでしたが。
荒れていた毛並みを整えてやろうかと伸ばした掌を掠った程度で済みましたが。
びっくりした意地悪お兄さんを化けもん狐の九は裂肉歯まで剥き出しにして険しげに睨み据えます。
……やべぇな。
……風邪で意識が飛んでるのかしらねぇが。
本当にこいつに食われるかも。
「九。俺だ。わかるだろ?」
この声。
この匂い。
この鼓動は。
浅はかで愚かで情けない、
我が身が欲して止まない、あの人間か。
「九」
目を覚ましたかと思えば再び眠りについてしまった化けもん狐。
ぐるりと我が身で囲うように、この場から逃がさぬようその身でもって拘束するように、意地悪お兄さんにぴったり寄り添って。
「寝惚けて俺のこと食うんじゃねぇぞ?」
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