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夜になりました。
村里よりも底冷えする山の奥深く、そしてもっともっと冷え込む洞穴の中。
「ッ……ああ、金ぇ!俺の持ち金がなくなる……!」
世にも恐ろしい悪夢に魘されていた意地悪お兄さん、ぶるりと体を震わせて目覚めてみれば。
「君は夢の中でも賭け事をしているんだね」
人の姿となった九の腕の中でした。
頭の後ろが彼の胸に受け止められた格好で、着流しの袖から伸びた白い両腕がゆるりと巻きつき、心地いい抱擁に身を委ねているような按排でした。
「コンコン」
「あ……っどうなんだよ、具合は? 平気なのか?」
「コンコン、大分楽にはなったね」
もぞりと頭を動かして背後を仰ぎ見た意地悪お兄さんは目を見開かせました……。
「可哀想に」
意地悪お兄さんの片手をとった九。
掌に痛々しげに滲む赤い筋に、そっと、薄紅に色づいた唇で口づけします。
「すまなかったね」
「しょうがねぇよ、意識飛んでたんだろ」
「本当にそう思う?」
意地悪お兄さんは今一度びっくりします。
言葉一つ一つにいちいち素直に反応する人間に妖狐は艶めく唇をさも嬉しげに綻ばせました。
「うん、確かに僕は熱で我を失ったみたい」
薄紅の狭間に悩ましげに覗いた舌尖が傷口をゆっくり辿ります。
じんわり広がる血の味。
初めて口にする意地悪お兄さんの生き血を堪能……するのではなく、我知らず傷つけてしまったことへの贖罪として、九は、あくまでも傷口を労わって消毒してあげます……?
長い長い睫毛。
切れ長な目許をほんのり縁取る朱色、夢のようにきめ細やかな肌。
風邪のせいなのか、人の姿をしているときは引っ込んでいたはずの狐耳が今は雪色の長い髪の狭間から覗いていて。
見慣れない九に意地悪お兄さんはどうしても平常心を保つことができません。
苦しいくらい胸が疼いています。
傷ついた掌を優しく慰める姿に乙女以上に頬を赤くしてしまって、そして。
「ぶぇっくしゅん!!」
「ああ、いけない、ここは人里よりも冷えるから」
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