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「お前」呼ばわりされてご丁寧に憤慨しかけた意地悪お兄さんですが。
九九が小さな懐から三味線をずるりと取り出したので、これまた度肝を抜かれました。
九九は上手に三味線をべべんべん掻き鳴らしてお唄を歌います。
集まっていた酔狂な村人達の気分がさらにおもしろおかしくなるよう、あやかし唄を皆の耳に届けます。
九の狐耳は酔っ払って見えている幻覚だと思い込ませるために。
「これで大丈夫でしゅ」
「すごいな、九九、こんなことができるのかい」
「きゅるん!」
「うい~~すげー陽気な気分だぜ~」
「……耳を塞ぎ忘れたでしゅか。おばかな奴」
うっかりあやかし唄を聞いてしまってフラフラしている意地悪お兄さんに内心舌打ちし、また懐に三味線をにゅっと仕舞う九九。
親切な優男お兄さんに頬をバシンバシンされて我に返った意地悪お兄さん。
躍り出す者までいるトランス状態な村人達の狭間に慌てて九を探します。
「九!」
すでに狸は二人、卓に突っ伏しています。
もうでろんでろんぐらぐらな残りの狸と対峙するあやかし狐の別嬪九。
半分空にした酒樽を有無を言わさず相手に持たせます。
酒樽を持つのも一苦労に見えて、でろんでろんぐらぐらな狸、それでも残りの酒を飲み干そうと、えいっと両手で酒樽を真上に抱え上げて。
どっしーーーーん
そのまま地面に仰向けに倒れました。
勝者、あやかし狐の九。
狐耳を生やした別嬪娘の勝利にトランス状態な村人はもう全員躍り出し、優男お兄さんに肩車された九九は拍手して父を祝います。
意地悪お兄さんは。
躍り狂う村人をぐいぐい掻き分け、卓に辿り着くと。
「あらぁ、お前様、わたくし、勝ちました、ふふふ」
ほろ酔い九を背中におんぶして勘定は敗者の狸どもに任せ、その場から一目散に走り去ったのでした。
しかし九九の奏でたあやかし唄が耳に残って、足元どころか頭まで覚束なかった意地悪お兄さん。
帰り道を間違って山に入り込んでしまいました。
夏の虫達が薄い翅を震わせて夜のしじまを鳴らす中、ぜぇはぁしながら草むらをよろよろ、よろよろ。
しまいには足が縺れてその場でどさり。
祭囃子を遠くに冷えた山の麓で、もう限界です、ダウンしてしまいました。
「九九のやろぉ~……変な唄聞かせやがって」
「……お前様」
横を見ると。
別嬪娘から綺麗な美丈夫の姿となった九が同じように寝転がってクスクス笑っておりました。
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