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16-親ぎつねと温泉ポカポカ!のはずが!意地悪お兄さんに新たな出会い!?
「寒くなってきたし温泉にでも出かけてみる?」
あやかし狐、九からの思いがけないお誘い。
藁葺き屋根のおうちの板間にあぐらをかいて海苔巻きお餅をばくばく食べていた意地悪お兄さんは喜ぶどころか。
「そりゃあ嫌味か、九」
ふてぶてしいことこの上ない目つきで、真正面にゆったり鎮座する狐夫をジロリと睨みました。
「こんな狐の耳生やした俺が温泉にでも行ってみろ、みんな逃げてくか物見遊山三昧だろうよ」
以前のように狐化して正体を失うことはなくなった意地悪お兄さんですが。
九や、その息子・九九のように獣耳の出し入れが自由自在にできません。
人の姿でいても灰色の狐耳が常にぴょっこん。
劣等生気分を強いられている有り様でした。
「温泉が嫌いなわけじゃあないよね?」
雪色の長い髪をサラリと流した、満開の夜桜にも厳かに煌めく秋月にも勝る妖しげ綺麗な九は微笑み混じりに問いかけます。
人外あやかし狐夫の美貌っぷりに未だに心乱される意地悪お兄さんはそっぽを向きました。
「嫌いなわけあるかよ」
「そう。それならよかった」
九は意地悪お兄さん及び初心な生娘らがまともに目の当たりにしたならば失神しそうな極上微笑を浮かべました。
「なんだよ、ここは」
世にも不思議な温泉街へ誘 われた意地悪お兄さん。
延々と広がる宵闇の中、ずらりと並ぶ古めかしい宿屋の軒先をほんのり彩る提灯。
緩やかに流れる川には屋形船。
川を跨ぐ太鼓橋に色っぽくしなだれかかる柳並木。
行き交うものたち全てあやかしです。
人の姿をしたものもあれば、お前どう見ても明らかに人間じゃないだろう的なものらがご陽気ご機嫌でメインストリートをざわざわうようよしていました。
「ご覧、君のお耳に注目するものなんていやしないよ?」
意地悪お兄さんの手をとり、この世とあの世の繋ぎ目なる異界へ、あやかし温泉郷へ連れてきた九はお着物に角袖コートを羽織った真っ白コーデでエスコートします。
ぶっちゃけ、鬼っぽいのとか、ろくろ首とか、視界に馴染みのないルックスをしたものらがわんさかいて、ビビリを発動した意地悪お兄さん、完全尻込みします。
「いやいやいやいや、これなら物珍しがられてもいいから普通の温泉行きてぇわ」
「コンコン」
「ッ、ぐわぁぁ!? 手ぇ痛ぇよ、九! 千切れんだろうが!」
「千切れちゃっても大丈夫、薬湯に浸かったらいいよ、ここのお湯は効果てき面だからね」
「おいッ、千切る前提かよ!?」
手繋ぎ九は珍しく浮かれているようです。
「君のためにこの温泉郷一番のお宿を手配しておいたよ」
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