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九が手配しておいたお宿というのがこれまた飛び抜けて斬新でした。
「おい、これ迷路か?」
まるでからくり屋敷。
違法建築ばりの複雑構造、あっち行ったりこっち行ったり、上ったり下ったり、ぐるぐるうろうろの繰り返し。
歩いているだけで目が回りそうです、正直なところ気が狂いそうです。
「次はこのハシゴを上るからね」
「おい……どんなびっくり屋敷だ、これ……天井這ってる奴いるし」
「彼らからしたら僕達が天井を歩いているんだろうね」
正直なところ九にくっついていなければトチ狂ってしまいそうな意地悪お兄さんでした。
たまに意味わかんねぇ問題が出て〇か×か選ぶ箇所もあるしよ。
もし間違い選んだらどうなんだよ、おっかねぇ。
「ちゃんと僕の後をついておいでね?」
比較的まともな通路でくるりと振り返った九に念を押されます。
「僕から離れたらいけないよ」
「へぇへぇ、わかってるって……」
見返り美人な狐夫に笑いかけられて意地悪お兄さんは十代反抗期みたいな返事をします。
だけれども。
意地悪お兄さんは立ち止まってしまったのです。
<助けて>
ぎょっとしました。
慌てて辺りをキョロキョロ見回し、自分が本当に狂ったんじゃないかと、ぞっとしました。
<助けて>
いや、狂ったわけじゃねぇ、ガチで聞こえる。
誰かが苦しがって助けを欲しがってる。
「なぁ、おい、九ッ……」
その真っ白な背中から目を離したのは、ほんの束の間のことでしたのに。
意地悪お兄さんの目の前から九の後ろ姿は消え失せていました。
「……うそだろ……」
長い長い廊下のど真ん中で意地悪お兄さんは棒立ちになりました。
障子に写る複数の影。
宴でも催しているのか、どんちゃん騒ぎ、哄笑に奇声の嵐。
恐る恐る開いてみたらば中は無人でがらんどう。
足音はするのに、たった今誰かと擦れ違って微かな風が通り抜けて行ったような気がするのに、振り返っても誰もいない、まるで狐につままれたような。
いいえ、あやかし狐は心配していましたっけ。
約束をうっかりやぶった、立ち止まって九と距離を置いてしまった、意地悪お兄さん。
どんどん青ざめていきます。
やべぇ。
後で九に絶対ぇシバかれる。
まぁ、あいつのことだから、きっとすぐに見つけ出してくれる、
<助けて>
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