83 / 125

17-3

延々と広がる宵闇に佇むあやかし屋敷。 「うおッ……? またこれかよ……」 慣れない瞬間移動によろめいた意地悪お兄さん。 そこは誰かが見た夢のように艶やか立派な屋敷でした。 あちらこちらに精巧なる飾り細工やら金箔やら漆やらが施された豪華絢爛なる大座敷、久し振りに訪れる場所におのぼりさん感丸出しでキョロキョロしていたら。 「うおッ」 真後ろに人がいて意地悪お兄さんはぎょっとしました。 「お久し振りですね」 いーえ、人ではございません、立派なあやかしでした。 「えーと、あんたら、朱と琥珀だったっけ?」 名を呼ばれた朱はにこやかに唇を綻ばせ、無表情だった琥珀は不愉快そうに眉根を寄せます。 「兄者と俺様を呼び捨てにするな、馴れ馴れしい、この灰色狐が」 「よしなさいな、琥珀」 相も変わらず距離感が狂っている妖虎三兄弟の次男と末っ子。 編み込みハーフアップに結われた長い朱色の髪、花柄の繊細な刺繍がちりばめられたサテン地の長袖服を細身の体に纏った朱。 蒼色髪のツーブロという斬新ヘアスタイルがよっく似合っている男前、引き締まった筋肉質の体に黒白ツートーンのゆったりめカンフー服を着用した琥珀、色香の匂い立つ麗人の如き次男にべったりべたべたです。 「仮にも兄様の花嫁ですよ?」 「ぶはぁッ……いやいや、ちょっと待て、俺はまだ嫁になるって決めたわけじゃあ」 「貴方の主である緋目乃には許可をもらっています」 「まずは本人の俺に許可とりやがれ!!」 「おい、半端者、兄者に無礼だぞ、我が牙で屠られたいか」 「お前なぁ! 前っから気に食わねぇんだよ! この変態ブラコーー」 すっぱーーーーーーーーーーーん 「いッ……いでぇ……!」 後頭部に巨大ハリセンの不意討ち攻撃を喰らって意地悪お兄さんは戦意喪失した!! 「無礼なお口で申し訳ないでしゅ」 巨大ハリセンを振りかぶったのはもちろん九九でした。 「あら。可愛らしいこと」 「フン。お付きの者の方が優れていそうだ」 灰色狐耳をぺたんさせて畳の上で転げ回っている意地悪お兄さんを余所に、どえらい長身の妖虎兄弟とちっちゃな子ぎつねは対面します。 「いいえ、琥珀。この子ぎつねはお付きの者ではないですよ? 彼の名は九九。彼の有名な白狐の九、雪鬼女の夜叉小町、ふたりの間に生まれ落ちた息子なのです」 あほみたいに痛がっていた意地悪お兄さんは、ちょっとばっかし肝を冷やします。 九のことも、元嫁の夜叉小町のことも、九九のことも把握済みかよ。 緋目乃サマにでも聞いたのか、何にせよ、胸クソ悪ぃ身辺調査なこって……。 「きゅるん。ぼく、妖狐一族の末裔でしゅ」 「(わたくし)は妖虎三兄弟の次男、朱といいます」 「俺様は三男の琥珀だ」 愛らしいモフモフ狐耳に尻尾を生やした幼女風男子の九九はぺこりとお辞儀し、つまんなさそうに畳に寝転がっている意地悪お兄さんを指差します。 「琥珀様の言うこと、あながち間違ってないでしゅ。ぼく、お付きの者としてついていくでしゅ」 「おい、九九、人を指差すんじゃねぇ、それにまだ行くって決めたわけじゃあーー」 「往生際が悪いでしゅ」 「お前なぁ……」 み、味方がいねぇ……。 こんなん不条理すぎねぇか……。 「レンタル嫁ですから。兄様が満たされましたら帰してあげますよ」 レンタル嫁っつぅのも気に入らねぇ。 そもそも周りから「嫁」呼ばわりされんのも嫌いなんだよ。 「断ったらどーなるんだよ?」 畳の上であぐらをかいた意地悪お兄さんがぶっきら棒に質問すれば。 琥珀に背後から抱擁されっぱなしの朱は答えます。 「首だけでもお持ち帰りしましょうか」 意地悪お兄さんは……ぞーーーーーっとしました。 やっぱり、無表情でつっけんどんな琥珀よりも、にこやかなのにおっかない朱にゴクリと生唾を呑みます。 豪華絢爛な大座敷に背筋がヒリつくような緊張が走ったところで。 「朱も琥珀も彼のこといじめないで?」 何とも優しげな注意の言葉が不穏な空気をバッサリぶった切りました。

ともだちにシェアしよう!