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「おい、迎えにきたって、今日は一日ぶっ通しで自由時間じゃなかったのかよ?」
人里まで意地悪お兄さんを迎えにやってきた九。
「滑って転んで頭でも打ってやしないかと心配で気が気じゃなくてね」
雪色だと目立つので黒色に変えた長い髪は一つに縛り、お着物に角袖コートも黒、全身黒コーデで普段とはこれまた違う雰囲気です、しっとり色気で大層注目を浴びています。
「見て、あの方、なんて素敵なの」
「見ているこの目が溶けそう……」
人の娘たちは皆一斉に心奪われます。
「あれって九様じゃなくって?」
「見ているだけで孕みそう……」
あやかしの娘たちは物の怪界でも上位を競う美丈夫妖狐に惚れ惚れします。
「……九、テメェ髪だけじゃなくて顔も変えてこいよな」
狐夫に寄せられる好意剥き出しの視線が今更ながら面白くなく、意地悪お兄さんはぷいっと顔を背けて歩き出しました。
「そこの意地悪そうなお兄さん」
瞬時に隣に追い着いた九は意地悪お兄さんの手から番傘をひょいと取り上げ、自分が代わりに差して、戯れにお誘いします。
「僕と逢引しましょう」
「誰がするか、悪目立ちして仕方ねぇ」
「それは残念」
「とっとと帰って餅食いてぇ」
「君のためにたくさん焼いてあげる」
機嫌よさそうに微笑していた九ですが。
「おや……なんだかいろんな匂いがするね」
「ッ、おい、九……」
いきなり意地悪お兄さんの肩を抱き、その首筋に顔を埋めてクンクンし始めました。
「や、やめろ、周りに見られんだろうが」
「傘で見えないよ」
「見えてんだよ! 現に何人もと目が合ってんだよ!」
「君の友達や九九は兎も角、この匂いは……」
「あ! そういや夜叉小町とバッタリ会った!」
「……」
「蕎麦屋で狸とも出くわしたんだった!」
「……それに緋目乃に這虫」
「お、俺は知らねぇぞ、口止めされたのをテメェが勝手に嗅ぎ当てたんだからな、俺は何一つ悪くねぇ」
「あとは……ほんの微かにだけれども、この残り香は、縞政……かな」
「縞政って誰だよ!? そんな奴知らねぇぞ!!」
嗅覚がよすぎる九に意地悪お兄さんは若干ヒいてしまいます。
「どんだけ鼻が利くんだよ」
「クンクン」
「もう誰とも会ってねぇよ、近ぇ、離れろ、傘返せ」
「だめ」
ざわつく周囲にまるで興味のない九。
ムキになって取り返そうとした意地悪お兄さんの手が届かないところまで、頭上高くに番傘を翳しました。
「君と相合傘がしたいんだよ」
意地悪お兄さんはぐっと詰まります。
五十年という歳月を共にしても尚、未だに慣れない美丈夫っぷりに気圧されてしまいます。
「さぁ。一緒に行こうね」
腰に手を回されて密着を余儀なくされ、振り解くのも面倒くさく、大人しく隣に並びます。
長々と降り続く雪。
白く霞んでいく景色。
「チビどもはどうしたんだよ」
周囲の町並みや人々までぼんやりと霞んでいきます。
「おうちで寝ているよ」
ふたり揃って黒色だった髪まで。
雪と同じ色へ変わっていきます。
どちらも狐耳がぴょっこん。
九に至っては服の色まで真白になりました。
人里であったはずが、建物も人も跡形なく消えて、いつの間にやら山の奥の奥。
ずらりと並ぶ夥しい数の朱色の鳥居を並んで潜って先へと進みます。
「お前なぁ、放置してねぇで遊んでやれよ」
意地悪お兄さん、もう灰色髪でも灰色狐耳でもありません、九とお揃いの雪色に染まっています。
以前は不可能だった獣耳の出し入れもできるようになって、擬態 もいくつか習得し、人里へ下りることが可能になりました、狐夫の許可が毎回必要ではありますが。
「君ね。確かに目に映る姿は幼いかもしれないけれど。みんな二十歳かそこいらなんだからね」
「あーー……そっか……そーなんだよなぁ」
……時間の流れがイマイチ把握できねぇ……。
チビどもは最初はすくすく育って、あるときから個人差で成長が止まって全員でかくなる気配がねぇ、バグでも起きてるみてーだ。
まぁ、九も俺自身も一向に老けねぇんだけど……な。
「でもきゅーたがなぁ」
「ああ、あの子はね」
「本当、俺らのこどもとは思えねぇよ、あいつ」
雪がくっついた真白な狐耳をパタパタさせて意地悪お兄さんは言います。
「お前の種、俺の胎から生まれてきたとは思えねぇくらいイイコ過ぎて、なんだかなぁ」
「そんな格好でいたら風邪を引いてしまうよ、九太 」
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