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「九朗、どこか痛い?」 九太はつらそうな表情を浮かべている九朗を心配しました。 「おなか? あたま? しっぽ?」 白袴の九朗は返事をしないで兄の灰色ぎつねを食い入るように見つめます。 焦げつくような視線の先には尊い純潔を奪われたばかりの唇が。 「どうして忌々しい虎なんかに……ボクの、ボクだけの兄さんなのに……」 この弟狐こそブラコンガチ勢でした。 しかも、相当、こじらせていました。 「ボクも兄さんに口づけがしたい」 一たび、人里に下りれば町娘の初恋を掻っ攫っていく眉目秀麗なお顔を切なげに歪めて哀願してきた九朗に、九太はあっけらかんと返事をします。 「いいよー」 「えっ……」 「はいっ」 ご丁寧に目を瞑って顔を突き出してきた灰色ぎつねに九朗はピシッとかたまりました。 自分から強請っておいて一気にだらだらと汗をかきます。 かたちよき狐耳の隅々までみるみる紅潮させ、ぶるぶる震え出します。 さっきは狐の姿で好き放題べろべろしていたクセに、たちまち奥手になって、身じろぎすらできずにカチンコチンに凍りついていましたら。 「ちゅっ」 目をパチリと開いた九太は自分から弟狐のほっぺたに口づけしました。 人の姿でいるときに九太から口づけされるのは初めてで、カチンコチンでいたはずの九朗は思わず狐の姿になって飛び上がります、その勢いでかまくらの天井に頭をぶつけてしまいました。 「キューーーっっっ」 九朗の悲鳴に寝ていた九彦まで飛び起きる始末。 九太は身悶える九朗のそばへ座り込み、優しく体を擦ってあげます。 「九朗の、痛いの痛いの、とんでけ」 切れ長な大きな目に涙を溜めていた、美しい若雄の白狐の姿をした九朗。 慰めてくれる九太に鼻先を押しつけて瞼を閉ざしました。 「ニイサン、ボクノ、ボクダケノ……」 「九朗のばーか、せっかくきもちよく寝てたのに起こしやがった」 人の姿になった末っ子の九彦は大あくびを一つ、ゴシゴシ目元を擦ってから、ちょこんと座り込む九太を後ろから抱っこしました。 「アニキ、もう帰ろーぜ、おなかへった」 灰色の狐耳がぱたぱた、ぱたぱた。 つぶらな瞳はかまくらの出入り口の向こうに広がる悠々たる雪原を見つめます。 さらにその先の光景を見据えるように、真っ直ぐに、じっと。 「まだ、もうちょっと、ここにいよ?」 小さい小さい姿ながらも三つ子の長男。 親ぎつねらの秘密の団欒を感覚鋭く察したのか、否か……。 「また彼奴(きゃつ)を真の名で呼んだね」 「お、お前……まだそんなこと言ってんのか、別にどうでもいいだろうが……」 「どうでもいいってことないよ」 「あ……っ……っ」 「僕のことはモンペモラハラ亭主呼ばわり、この落差はいただけないね」 「んっ……ぁ……」 パチパチと火の爆ぜる囲炉裏のそば。 着衣を乱した対面座位、火照る下半身を絡ませ合って、どちらからともなく揺れ続ける九と意地悪お兄さん。 「テメェはどーなんだよ、九サンよぉ……」 九の肩を甘噛みしていた意地悪お兄さんはさり気ない風を装って尋ねてみます。 「四人目、いや、ひょっとしたら四、五、六人目になるかもしんねぇ……ほしかったりすんのかよ……?」 意地悪お兄さんの耳たぶを啜っていた九はクスリと笑って、答えました。 「君とのこどもを望んで、いざ、あの子らを授かって、それから思ったんだけれども」 ーー君さえいてくれたら僕はそれで十分みたいーー 「……」 「あ、痛い。今、本気で噛んだね」 親としてそれはどーなんだ発言、人の子だった意地悪お兄さんが許容できずに白肌に噛みついても、あやかし伴侶はクスクスと笑い続けました。 「もちろん九太も九朗も九彦も可愛い。今は離れて暮らす九九だって。九太に関しては虎に渡すのも御免蒙るよ。元々、黄金(あれ)は君にほの字だったじゃないか。縁を結んであわよくば君のこと寝取る算段でいるやもしれない」 「んなわけ……アイツはそんなスケコマシって柄じゃあ……」 九は不意に微笑を引っ込めると意地悪お兄さんを真顔で覗き込みました。 「ほら、また買い被って、また甘やかした」 こどもらの居ぬ間に夫婦水入らず、密事に耽って浮かれていた心身を嫉妬に巣食わせて、狐夫はいけずな唇に唇で栓をしました。

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