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第9話
それから少ししたある日。奈美はしげしげと水樹を見つめて突然言い放った。
「水樹、恋でもしてるの?」
と。
それは水樹にとって思いもよらない言葉だった。
「…は?」
「してるね?してますね?あらあらあら〜!」
まるで近所のおばちゃんのような仕草をする奈美に、目を白黒させるしかない水樹の脳内では、すごい勢いで思考が回っていた。
恋。恋愛。
好きな人。
誰が、誰を?
その時瞬間的に思い浮かんだのは綺麗な青い瞳。
浮かべて、すぐに水樹はハッとしてぶんぶんと首を振った。
「ない!ぜったい!ない!」
「その否定の仕方は肯定と取れる!」
「ない!!」
力いっぱい否定した水樹はこの話題を終わりにしたくて、慌ただしく鞄に荷物を詰めはじめた。
その様子を柔らかい眼差しで見つめる奈美は、なんだか同じ歳とは思えない。
どうして女ってこういう話題が好きなのかな、と恨めしそうに見返すしかできなかった。
「私はいるよ?」
と、聞こえてきた言葉にハッとして。
信じられないものを見る目で奈美を見れば、ひどく大人びた表情をする友人の姿。
恋をすると人は変わるというが、それを目の当たりにした気分だった。
「なに、もしかして俺?」
「ないわー…」
「えー、今の流れそうじゃなかった?」
なんて茶化すのが精一杯だった。
「水樹も知ってる人。」
「え、龍樹はあげないよ?」
「話したこともないわ!」
知ってる人って言われても。
水樹は思いつく限りの知り合いを次々に頭に思い浮かべて、そしてすぐに半ば諦めた。
よく知ってる人なのかそれとも顔見知り程度の知ってる人なのか、それによっても随分違う。割と顔の広い水樹の交友関係の中からたった1人奈美の想い人を探し当てるなど土台無理な話だ。
難しい顔をして悩んでいる水樹を楽しげに見つめていた奈美は、そっと顔を寄せて耳打ちした。
「っえぇええ、なんで藤田…ぶぇ」
「声がでかいバカ!」
しー、と水樹の口を塞ぐ奈美に、ごめん、と仕草だけで謝った。
藤田というのは水樹と同じ陸上部で、部内では水樹が一番仲が良い同級生だ。
気の良いやつで誰とでも仲良くなれる性格がとても人気があり、廊下を歩いていればいろんな人から声がかかるような所謂ムードメーカーのような奴だった。
しかし藤田と奈美では、接点がどこにもない。
「どこで知り合ったの?クラスは一緒になったことないし部活は違うし…」
「多分藤田くんは私のこと覚えてないよ。部活中にちょっと会っただけだもん。」
そのちょっと会った時のことは教えてくれないらしい。その時のことを思い出しているのか、奈美の顔は穏やかで少し頬に赤みが差している。
正に恋する乙女そのもののような表情は、友達以外の感情が微塵もない水樹でさえ可愛らしいなと思った。
が、しかし。
「…でも、藤田って…」
「いいの。」
「え?」
「知ってるからいいの。」
途端に影を差した笑顔は、すでに恋を諦めていた。
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