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第10話
藤田には一つ下の彼女がいる。
水樹も何回か会ったことがあるが、可愛らしくて明るくて、Ωの水樹にも分け隔てなく接してくれる良い子だ。幼馴染だという2人はとても仲が良く、2人を見て「俺も可愛い彼女欲しい!」と嘆く同級生もいるほど。
「ほんとに、少し話しただけなの。そのあとはずっと私の片想い。でもそれでいいの!」
「…なんで?」
「なんでって、恋をしたら恋人同士にならないといけないわけじゃないでしょ?」
「そりゃ、まぁそうだけど…」
それでも恋をしたらその人の一番になりたいと思うものじゃないのかな、とどこか納得がいかない。
なんと言っていいのかわからず口をへの字にする水樹に、奈美は徐に立ち上がると、わしゃわしゃと水樹の頭を乱暴に撫でた。
「わっ!ちょ、やめてよ変な癖つくから!」
「その様子だと水樹くんはまだ恋のつぼみだな?お子様め!」
「まだ中学生なんだからいいだろ!」
暫くくしゃくしゃされた髪は案の定変な方向に好き勝手に跳ねてしまった。知っていてやってるんだからタチが悪い、とジト目で奈美を睨んだが、それは全く意味を成さず。
奈美はまたさっきと同じひどく大人びた表情をして水樹を優しく見つめていた。
「…誰かを好きになって、その誰かにはもう恋人がいて、苦い思いをして…って、すごーく普通の恋だと思わない?」
ゆっくりと話し出した奈美の顔に憂いはない。
今度は茶化すことも出来ず、視線をそらすこともできず、ただジッと見返すしかできなかった。
「Ωは…なんだかんだ言ってαに飼われるのが一般的でしょ?番だなんだって綺麗事言ったって実態はそう。だから恋なんてしないって…できないんだって思ってた」
番関係。
発情期のΩのうなじにαが歯を立てることで成立するそれは、結婚よりも強い結びつきを意味する。お互いに愛情があってのことならばそれ以上のことはない。
昔はもっとΩ差別が酷く、1人のαが何人ものΩを飼い殺しにすることもあったという。
今でこそ番関係は合意の上で成り立つものという認識があるが、実際力無いΩの立場からするとそれも怪しいものなのが事実だ。
奈美は続けた。
「だからね、こんな風に普通の恋をさせてくれただけで充分。下手に近付いて、2人の仲に亀裂を入れるようなバカなΩにはなりたくない」
既にある幸せを壊して奪い取るような、人のものに手を出すような、そんな意地汚いΩにはなりたくないと。
「私自身のためにも、綺麗な初恋として思い出にしておくの」
そういう奈美の笑顔は晴れやかで、けれどやはりどこか影がある。日向と日陰の境目にあるような、複雑な笑顔だった。
綺麗事。
そう言う人もいるかもしれない。
好きな人のために身を引いたと言えば聞こえはいいが、結局自分が傷つくのを避けただけだとも。
この先大人になって、どんな恋愛をするかわからない。もしかしたらそれはとても恋愛とは言えないものかもしれない。
Ωにはそれがあり得るのだから。
綺麗な初恋。
奈美にとっては、きっと大切な思い出になる。
(…いいなぁ。)
水樹は率直に、そう思った。
「…慰めてあげよっか?」
「なに言ってんの、不能のくせに。」
「ひっど!Ω男子は孕ませにくいだけで一応ちゃんと機能してるから!」
俺も綺麗な思い出欲しいな。
中学3年生、そろそろ木々が色付こうとしていた。
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