23 / 226
第23話
佐藤はあれから、部活に来ていなかった。
部活で会ったら謝ろうと思っていた水樹はすっかり機を逸してしまい、わざわざ先輩の教室を訪れるのも気が引けて結局なあなあになってしまっていた。
謝罪のというのは、遅れれば遅れるほどやりにくい。
水樹と佐藤がじりじりとお互いの様子を伺っている中、ただ一人冷静だった水無瀬は二人の様子をじっくり観察して。
ぽんと水樹の肩を叩いた。
「じゃ、今度はまたみんなでお昼食べようね。」
「え、ちょ…待って!」
その制止をまるで聞こえなかったかのように、水無瀬は颯爽と去って行ってしまった。
その後ろ姿をじっと見つめる水樹を見ていた佐藤は、視線を下に落とした。
「…水樹、あの時は本当に悪かった。」
絞り出すような苦しい声。
快活に笑う部活での姿しか印象になかったから、それがあまりに意外で似つかわしくなくて、水樹は漸く水無瀬の去った廊下から佐藤に目を向けた。
「いえ…俺も、あんなとこで発情期になって…すいませんでした。」
「コントロールできるものじゃないんだろ?お前は謝ることなんて…」
「先輩、部活来ないんですか?特待でしょ?」
話を遮った水樹に、佐藤は少し怪訝な顔をした。
「俺がいたら…気まずいですか?」
そりゃそうだろうな、と思いながらそんなことを聞く。答えがわかっている質問を投げるなんて、性格が悪い。
なんて思って、再び水樹は心に暗い影を落とした。
龍樹は良い子だ。
愛想がないだけで本当は純粋で優しい。外見ばっかり明るく振舞って虚勢を張っている自分とは大違いだ。
「水樹…」
「気まずいなら、俺部活辞めますよ。俺みたいな薄汚いΩ一人辞めたって誰も…」
「水樹!」
大きな声を出されて、ビクリと身体が強張った。
見れば佐藤の方が苦しそうな顔をしている。
「悪かった…本当に、悪かった…」
佐藤はそう言ってゆっくりと頭を下げた。
「信じてくれなんて、烏滸がましいかもしれないが…本当にあんなこと思っていない。だから、だからそんな風に言うな…」
グッと握った拳が震えている。
無骨な大きな手だ。
あの手がぐしゃっと頭をかき回してくれるのが、可愛がってくれているのを実感できて好きだった。
と同時に、例のあの日胎内に侵入してきた感触を思い出して、嫌悪に眉根を寄せる。
「…すいません。」
「いや…」
ゆっくり顔を上げた佐藤の方が苦しそうだった。
スポーツ特待生として私立校に入学するくらいだ、今までこんな不祥事起こしたことないだろう。
佐藤はじっと水樹を見て、それから少し振り返って廊下の向こうを見た。
「今の、水無瀬 唯だろ?」
「え?ああ、はい。」
「初めて近くで見たけど、すごいな。仲良いのか?」
「…どうですかね。」
突然振られた話題に狼狽する。
水無瀬の話なんて、今の流れにあっただろうか。
「…好きなんだろ?」
と。
確信を持った言い方をされて。
まさか、そんなことないですよ、とか適当に否定しておけばよかったのに、何の言葉も出て来なくて。
そんな様子を見て、佐藤は苦く笑った。
「あの日、首輪をしっかり握りしめたまま落ちたお前が…呼んでたよ。」
───
部活、行くよ。
そう言い残して去っていった佐藤の後ろ姿を見送って随分経つ。
もう午後の授業はとっくに始まった。むしろそろそろ終わるかもしれない。
水樹はただボーッと自販機の横にあるベンチに腰掛けて、手の中のお茶を見ていた。
『仲良いのか?』
イエスと答えることができなかった。
彼の中で自分は友達ですらないかもしれないから。
恋人の兄って、どういうカテゴリなんだろう。
水樹は温くなったお茶のペットボトルを開けて、ほんの少し口に含んだ。
ともだちにシェアしよう!