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第24話

徐にスマホを取り出して、一枚の写真を呼び出した。 写っているのは、龍樹だ。 片膝を抱えて、真っ赤になってこっちを見ている。それを見て、ふっと笑いがこぼれた。 「あいつこんな顔するんだなー。」 照れることはよくある。けれどそれを必死に取り繕うのが水樹のよく知る龍樹だ。ちっとも隠せていないけれど。 こんな、まるで甘えるみたいな顔は知らない。 「水無瀬には、甘えられるんだ」 ポツリと呟いて、それがグサリと胸に刺さった。 龍樹は水樹には甘えてこない。 それは水樹が龍樹にとって守るべき対象だから。 幼い頃、Ωの水樹がαの叔父にレイプされたその時から、龍樹にとって水樹は甘える場所ではなくなった。 αばかりの家族に寄り付かなくなって、いつもどこかピンと糸を張り巡らせて水樹をαから守ろうとしていて。 「…辛かったよね、ごめんね。」 安らぐ場所がどこにもなかった龍樹。水無瀬がそれを与えてやれるというのなら、決してそれを奪ってはならない。脅かしてはならない。 「……っ、…」 ぼろぼろと涙が溢れた。 元より望みなどカケラもなかった。 気付いた時には失恋していた。 それでも好きでいた。 諦めきれなかった。 けれどこの恋心そのものが、龍樹の安らぎを脅かす。 もしも気付かれたら、龍樹はきっと気にしてしまうだろう。心に小さな蟠りを作って、せっかく見つけた安らぎを邪魔してしまうに違いない。 『…好きなんだろ?』 「好き、だった。」 いっそ恋人の兄という微妙な立ち位置で良かったかもしれない。どこまでも望みが薄い立ち位置で良かった。 望みなんてあったら、きっと、もっと。 「…っあー、つら…」 今だけ泣こう。 次に顔を上げた時には、笑顔で龍樹に会おうと決めた。 やーめた。 それで好きでいることをやめられたらいいのに。 ─── そうして気持ちの整理をつけた後日、昼休みは中学の頃のように3人で過ごすようになり、弁当は水樹が3人分用意していた。 甘いものが好きな水無瀬のために味付けが甘めに変わった。 知ってはいたけれど、こうして同じものを口にすると如実に水無瀬が甘党であることが露呈して、龍樹と2人それをからかうのが密かな楽しみだった。 「僕肉じゃがはもうちょっと甘い方が好きだな。」 「はぁ!?相当甘くしましたけど!」 「うん、水樹にしてはかなり甘い…」 「もっと砂糖入れたらいいと思う。」 「味醂に謝れ!」 「つーか出汁とった?」 「とったし!失礼な!」 自慢じゃないが高校生男子の割に料理はできる方だと思う。というのも学食に行かず自炊するにあたって実家の祖母に教えを請うたのだが、予想異常に叩き込まれて、それがどういうわけか水樹自身料理が楽しくなってしまって。 出来て困るものでもない。 実際龍樹が美味しいと食べてくれるのも、水無瀬が注文つけながら食べてくれるのも嬉しい。 それに、楽しい。 部活も辞めずに済んで、その後特に波風立つこともなく。 友だちも多くいて。 水無瀬と龍樹の睦まじい姿も微笑ましいものだった。 少し切ない気もするけれど、そんな少しの切なさよりも、水樹にとっては弟の安らぎの方が遥かに比重が重かった。 いつかまた縁があったら誰かに恋をすることもあるかもしれない。その時までは密かに想っていてもいいかな、と。 ひとりひっそりとこの想いを抱えていくくらい、誰にも迷惑にはならないだろう。 水樹はそれなりに満足して日々を過ごしていた。

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