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第27話

大会を終えて、佐藤と付き合い始めた水樹だったが、特にこれといって大きな変化はなかった。強いて言えば、携帯の履歴が佐藤の名前で埋まる勢いだということくらい。 残りの夏休み中何度か会ったりもしたが、それはそれは清いお付き合いだった。 ただ映画を観てご飯を食べて帰る。 そんな先輩後輩関係の延長のようなデートを数回しただけだった。 けれどそれで満足だった。 付き合い始めたとは言っても正直佐藤に恋をしているわけではなかったから、触れたいとか触れられたいとかそういう感情も一切無かった。 こうして連れ出して、水無瀬とうまくいっているらしい龍樹の姿を見なくて済むようにしてくれればそれでよかった。 「ごめん先輩、待った?」 「あ、いや、俺も今来たから大丈夫だ…それ、持つよ。」 「あははっ!財布と携帯しか入ってないから大丈夫ですよ!この前も同じこと言いましたよー!」 「そ、そっか…」 佐藤は優しかった。 それは車道側を歩いてくれたり荷物を持ってくれたりというありきたりなものだったけれど、そうすることに慣れていないのがバレバレで。 女の子のように扱われることに違和感がなかったわけではないが、あたふたしながら懸命に水樹をエスコートしようとする姿が微笑ましかったので、存分に甘えることにしていた。 ある日はいかにも可愛い女の子が好みそうなメルヘンな名前の喫茶店に連れてこられて、洋菓子が得意じゃない水樹は困り果ててしまったのだが。 「えっ!?水樹甘いもの苦手なのか!?」 「あー…いや…甘いものっていうかゴテゴテ系が…」 「そ、そっか…そうだよな男だもんな…妹に聞いたのが間違いだった…」 本気で落ち込んでしまい、代わりになる店を探そうとキョロキョロしながらスマホをいじりだしたので。 水樹はその手を取って店の前に置かれたメニューを指した。 それは期間限定の、桃のジュレ。 「でもこれ美味しそう。折角来たんだし入りましょうよ。」 その時佐藤が小さな声で、ありがとう、と呟いたのが印象的だった。 ─── 夏休み明け最初の部活の日。 その日は午前授業で午後はめいっぱい部活の予定だった陸上部は、皆思い思いの昼食を手に部室で食べようと連れ立っていた。 当然佐藤もその中の1人で、運動部らしく大量のパンを購買で買い込んで部の仲間と部室に向かうその後姿を見つけた水樹は、迷いなく駆け寄って笑顔で声をかけた。 「佐藤先輩!昼これからですか?」 「お?おー、部室でな。お前も一緒に食うか?」 「ううん、藤田待たせてるから…これお弁当、よかったらどうぞ。」 「え…」 片手に持った弁当を差し出すと、佐藤は目を見開いてそれを凝視した。 何度か弁当と水樹を交互に見る。 「手作り…」 「簡単ですけど。」 「手作り。」 「あ、でもそれ買ったんですか?じゃあ…」 「当然!水樹の特製弁当食うよなぁ康一!な!焼きそばパンは俺が頂く!」 「ぐあぁ羨ましい…水樹の手作り弁当…!仕方ねぇコロッケパンは俺が貰っておくぜ!」 「え、別にもう買ったんなら無理に食べなくても弟に押し付ければ…」 「食う!もらう!もらうよ!」 凄い剣幕でそう言って手に持った購買の袋を友人に押し付けた佐藤は、大切そうに弁当の包みを抱えた。 そしてすぐに嬉しそうに破顔して、大事に食べる、なんて。 (やばい…こんなに喜ぶならもっとちゃんと作ればよかった…) だし巻き卵にウインナーと春巻。 ブロッコリーを胡桃で簡単に和えたものとひじきの煮付け。殆ど普段の弁当用に大量に作って冷凍したものを適当に詰めただけだ。 そもそも佐藤に渡そうと思った経緯だって、今日は水無瀬と龍樹が弁当が要らないのを忘れていて普段通り3人分作る感覚でいたから作り過ぎたのだ。 いつも弁当を渡す2人はこんなに喜んでくれないし、水無瀬に至っては小うるさい注文までつけてくる。 そういう反応が普通だと思っていた。 部活の後一緒に下校したり。 ストレッチを一緒にやったり。 マッサージをしたりしてもらったり。 「いだだだだだっ」 「先輩堅ーい。頑張れ特待生」 「ちょっむりっ…いてえっつの!」 ただのちょっと仲の良い先輩後輩。 そんな生温い関係はとても心地よかった。

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