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第30話

しゅるり。 水樹が龍樹のリボンタイを解いた。 それを受けて龍樹が水樹のネクタイに手をかけた、その時だった。 「龍樹っ!!」 ふわりと違うフェロモンが混じってきて、蛍光灯に輝く髪が視界を横切った。いつも静かな極上のテノールは、固く厳しく、それでいて優しさがあって。 最も望むフェロモンに、くらりと目の前が回った。 (ああやっぱり、呼ぶのは龍樹なのか。) その綺麗な真っ白い手が水樹から龍樹を引き剥がして馬乗りになり、ポケットから注射器を取り出して龍樹の腕に迷いなく刺す。 その一連の流れを、熱に浮かされた頭でぼうっと眺めていた。 「離せ水無瀬!」 「暴れないで僕もキツイから!」 「離せって言っ…!?ぅ、ぐっ!」 びしゃ、と嫌な音がした。 水樹は驚いて身体を起こすと、水無瀬も同じく驚いた様子で龍樹から離れ、見えたのは顔を真っ青にして吐き戻す龍樹だった。 解放された龍樹はその場から飛び退いてトイレへ駆け込み派手に何度か吐いて、やがて静かになったが、戻ってこない。 そのまま動けずにいるのか、或いは気を失ったのか。 しん、と一瞬の間。 龍樹への激しい嫉妬心と発情期で我を失っていた水樹は一気に冷静になったが、冷静になったのは頭だけだった。やっと満たされると思ったのに空回ってしまった身体は熱を高めるばかり。 そしてゆっくりと振り返った水無瀬の青い瞳と視線がかち合ったその刹那、水樹は直感した。 逃げられない、と。 いつも柔和で優しく、作り物のような美しい顔には温かい笑顔。 意外と表情豊かでよく喋る。その極上のテノールが紡ぎ出す言の葉にマイナスの単語は殆どない。 そんな水無瀬からは信じられない荒さでベッドに投げ飛ばされて、体制を整える間も無く真っ白な冷たい手が水樹の口を塞いだ。 「…3年か、結構かかっちゃったな。」 なんの話かわからなかった。 俯き気味で水無瀬の表情を伺うこともできず、ただ塞がれた口から手を外したくて水無瀬の手に爪を立てた。 これは一体、誰。 「ねぇお兄ちゃん、龍樹が大事?」 それは静かな問いだった。 「ん、ぐ…」 「大事だよね、他の誰でもなく龍樹にだけはレイプされたこと知られたくなかったんだもんね?龍樹が自分を責めるのわかってるからでしょ?」 いつもと変わらない調子で喋りながら、水無瀬は決して水樹を自由にはせず、空いている手で水樹のベルトをあっという間に外してしまった。 それに気付いた水樹は腰を捻って逃げようとしたが、下着に後孔が擦れてビリッと身体に電流が走ると、それも出来なかった。 こんな状況で、これだけの刺激で、こんなにも感じて。 「ん、んんっ!」 「…選ばせてあげる。」 言いながら、水樹のスラックスを器用に片手で下着ごと降ろしてしまう。 濡れた後孔が外気に晒されてヒヤリとした。 ハッキリと主張している自身と、誰も一切触れていないのにぐずぐずに濡れた後孔が水無瀬の眼前にある。その事実に耐えられずギュッと目を閉じたその拍子に、涙が一筋伝った。 「お兄ちゃん、僕ね…泣き顔、好きなんだよね。」 冷えた孔に、熱く固いものが触れた。 それが何なのか考えるまでもない。 まさかそんな。 いくら発情期で必要以上に濡れて常より柔らかくなっているとはいっても、少しも慣らさずに挿れたらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。 なんとかそれだけはやめて欲しくて、水樹は縋るような思いで目を開ける。 そして、目の前の光景にゾッとした。 (…ずるい。) 長い睫毛が影を落とす頬に赤みが差していて、血色のいい唇が妙に艶かしい。 それらがこんなにも映えるのは、象牙のように滑らかな真っ白い肌がコントラストになっているからだ。 透明度の高い青い瞳が、ヒートのせいかいつもより水分を多く含んで、そうまるでブルーダイヤモンドのような輝きを放って、吸い込まれそうな程美しい。 ただ蛍光灯を受けているだけなのに、後光が差しているかのような。 (こんなときでさえ、水無瀬は天使みたいだ。) そのとき、身を裂くような激痛が走った。

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