34 / 226

第34話

その後、長い脚を組んで優雅にコーヒーだった何かを飲み干した水無瀬は、しれっとこう言い放ってまだ発情期を終えていない水樹を置いて出て行った。 「知らないと思うけど僕特奨生だから学校休めないんだよね。ここにアドレスと番号置いておくから、しんどかったら呼んでくれれば夜来るよ。」 多分。 そんないらん一言まで添えて。 「あいつ信じられん…!!」 大体トクショーセーってなんだ。 奨学生か。特待生とは違うのか。 特待生と言えば佐藤先輩だって1ヶ月も部活サボったのに何事もなく復帰してたのに…と、そこまで考えて、ふと怒りが冷めた。 佐藤先輩になんて言ったらいいんだろう。いや、それ以前に。 龍樹だ。 あの後、部屋を飛び出して一体どこへ行ったのか。過呼吸の発作で倒れたりしてないだろうか。 水樹は慌てて部屋を見渡すと、玄関に転がっていたバッグを漁ってスマホを取り出した。 ロック画面に表示されるのは、数件のメルマガと、佐藤からのメッセージが一つだけ。龍樹の名前はない。 授業中かもしれないとか、そんなことは考えなかった。迷いなく龍樹の番号を呼び出して耳に当てて、祈るような思いで数回コールを聞いたが繋がったのは留守番電話サービス。それを何度か繰り返したが、龍樹が出ることはなかった。 「どうしよう…龍樹…」 スマホを握りしめて途方に暮れていると、目に付いたのは一つのメモ。 水無瀬が置いていったメモだ。 字まで綺麗なんて本当腹立つと頭の隅で考えながら、初めて知ったその番号を呼び出した。 ほんの2〜3回のコール。 『…もしもし?』 電話越し特有のくぐもった声が耳にダイレクトに入ってきた瞬間、水樹の身体は発火したように燃え上がった。 「あ、…っ、みなせ…」 『何?もう?』 若干苛立ったような声だろうと関係ない。内容なんてなんでもいいのだ、その声が耳元に届くだけで。 「ん、…はっ、うそ、なにこれ…」 『当分無理だよ?特効薬ないの?』 言葉が一つ耳に入る度にとぷんと後ろから愛液が溢れ出る。 違う、ちがう。 こんなことしたいんじゃない。 水樹は堪らず下履きの中に手を突っ込んで、とろとろになった後孔を撫ぜた。 繋がっていたあの時、結合部をゆっくりと撫ぜた水無瀬の冷たい指先を思い出しながら。 結合部を撫ぜて、尻を。 そして背骨。 肩甲骨。 脇を伝って、再び結合部。 そう、こんな風に。 けれどどうしても自分では届かない所もあるし、あのひんやりした麻薬のような指先とは似ても似つかない。 欲しいのは自分の指じゃない。 「っく…ふ…」 くちゅ、と後孔が鳴いた。 もしかしたら電話越しに聞こえたのかもしれない。水無瀬は小さく溜息を吐いた。 『…ね、水樹。』 「っあ…」 なまえ。 そうだ、ずっとずっと呼んで欲しかった。ぎゅうう、と後孔が水無瀬の声に反応した。 『僕が切るまで、ちゃんとこの電話繋いで聞いてて。』 「あ、んんっ…」 『良い子にしてたら、授業が終わったらすぐ行ってあげる。』 「ん、あ、まって…水無瀬、呼んで、なまえっ…!」 龍樹のお兄ちゃんじゃなくて、俺を呼んで。 『だから待ってて、水樹。』 「ひっ…ぁあ…っ!」 甘やかな声で歌うように、電話口で囁かれた声は耳元に直接入り込んできて。彼に呼んでもらうだけで、慣れ親しんだこの名前がこんなにも良いものに感じる。 ただ呼んでもらうだけで、至高の悦びだった。

ともだちにシェアしよう!