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第38話
発情期を終えた朝は、いつもなら晴れやかな気分で揚々と外に繰り出していた。幼い頃から活発でジッとしているのが苦手だった水樹がこんなにも外に出たくないと思うのは初めてのことだった。
のろのろと制服に身を包み、だらだらとネクタイを締めて、うだうだとテーブルに突っ伏した。
奈美に軽蔑されないだろうか。
佐藤になんて説明すればいい?
龍樹にどんなことして会えばいい?
もはや誰も彼もが敵のように感じた。
「…鬱だ…」
冗談半分で呟いたが、強ち間違いでもない気がする。
水樹の気分とは裏腹に、外はまるで出ておいでと言わんばかりの快晴だった。
「みーずき!おはよ、どうしたの急に1週間も休んで…」
遅刻寸前の時間に教室に滑り込んで、休み時間はトイレに逃げ込んで。
それでも避け続けることなんて出来るわけもない。
声をかけてきた奈美は、一瞬で水樹の変化に気がついた。
「水樹…首輪は…?」
奈美の顔を見ることも出来ない水樹に痺れを切らしたのか、奈美は強引に水樹の後毛を払ってそのうなじを暴いた。
1週間の間にすっかり傷が癒えて、くっきりと噛み跡だけが残ったうなじを。
奈美はそれを見てヒュッと息を飲み、次の授業がすぐに始まるというのに水樹の腕を掴んで屋上に連れてきた。水樹は抵抗しなかった。抵抗する気力もなかった。
晴れの日の屋上は風が心地いい。
2人でよく弁当を食べたのを思い出した。
「水樹それ、先輩…?休む前はなかったよね?合意、だよね?」
奈美は努めて柔らかに問う。
水樹が佐藤と付き合っていたことは知っていたし、佐藤がαだということも知っている。
例え愛がなくとも、合意であったならどんなによかったか。
黙りを決め込む水樹に、奈美は答えを悟った様だった。
「なんで…誰に…」
「水無瀬だよ」
奈美が女性特有の大きな目をさらに丸くした。
「水無瀬 唯だよ、相手」
水樹が水無瀬に長く苦しい片想いを続けてきたことを、奈美は知らない。けれど、風の噂で水無瀬と龍樹が付き合っていたことは知っているだろう。
だからこんなに驚いているのだろう。
「…俺、弟から、恋人奪っちゃった」
あはは、という乾いた笑いに、奈美は言葉を返すことが出来なかった。
この1週間で随分憔悴してしまった水樹を、か細い腕で力一杯抱き締めてやることしかできなかった。
チャイムの音が鳴り響く。
ぐすっと鼻をすする音に、水樹は少し笑ってしまった。
「なんで奈美が泣くの?」
「…だって…」
奈美はもう一度小さい声で、だってと繰り返した。
奈美はΩだから、望まない番がどういうものか容易く想像できるだろう。
優しいから、そういう状況に陥った水樹に同情してくれているのだろう。
「大丈夫だよ水樹、私はずっと友達だよ…!」
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