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第44話

それから水樹は、学校にこそ行くものの、部活には行かなくなってしまった。理由はもちろん、佐藤に会いたくないから。 かと言ってジッとしていると気が滅入るので、教習所に通ってバイクの免許を取得したりした。 取ったら取ったでじゃあどのバイクがいいかなと街中をふらふらしたりして。 別にバイクが欲しいわけじゃない。 忙しい時間が欲しかった。 学校が終わってから映画を観たり、適当に路上ライブを観たり、カフェに入って珈琲一杯に舌鼓を打ったり。 充実しているようで空虚な毎日を送っていた。 ある日のこと。 そろそろ戻ろうかと駅に向かっていた時だった。 水樹の後ろを歩いていた男性がいきなり崩れ落ちて、周囲がどよめいた。 首輪をしている。Ωだ。 (ああ、もしかして発情期…) 同じΩの水樹には、発情期特有の莫大なフェロモンは感じられない。けれど本人の様子からしても間違いなさそうだ。 こんなところで発情期になるなんて御愁傷様、と水樹は背を向けてその場を後にしようとした。 「おいこら、歩け!こんなとこで犯されたくねーだろ!」 「もう抱えて行こうぜ、こいつ足バカになってやがる」 「これだろ特効薬、捨てとくぜ」 耳に入ってしまったその会話。 その声の持ち主がβなのかαなのかはわからない。誰も助けようとしない。 男性の発情しきった目の中に絶望を見た。その目が、まるで水無瀬と番ったあの日の自分のようで。 水樹は気付いたら走り出して、その不埒な男の腰に一発蹴りを入れた。 ブランクがあるとは言え空手で鍛えた蹴りだ。手加減はもちろんしたが相当痛いだろう。 情けない声を出してその場に蹲った男達を一瞥し、呆然とした男性の腕を引いて路地裏に連れて行く。 バッグのポケットから取り出したのは、自分の特効薬だ。 「あ、あの」 「本人以外使っちゃいけないから副作用キツイかもしれないけど、ヤられるよりマシでしょ」 水樹はそう言いながら、男性の腕に注射器を刺した。 男性は震えながらそれ見ていた。 やがて冷静になったのか、水樹を見てへにゃっと笑った。 「ありがとうございます…俺、ピル全然ダメで…早く番になってくれるαを見つければ、外出も楽になるんですけどね」 へへ、と笑ったその人を見て、水樹は衝撃を受けた。 そうだ、番がいるということは、万一外で発情しても矢鱈に他者を誘惑しない。もう自分のフェロモンは水無瀬にしか効かないのだから。 目処は立つがいつ来るかわからない発情期に悩むことも、怯えながら歩く必要もないのだと。 それって、すごく楽だ。

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