52 / 226

第52話

楽しい時間はあっという間で、そろそろ寮の門限が近付いてきている。 水樹はこのままずっとここにいられたらいいのに、と願わずにいられなかった。 「あー…流石に冷えたな、指先痛い…」 水無瀬は自分の手に白い息を吹きかけて両手を擦り合わせた。 それを見てハッと思い出す。 「あ、そうだごめん、これ。」 ココアと一緒に買った、カイロ。 封を切って軽く振り、少し熱を発し始めたそれを手渡すと、水無瀬は少し驚いて、ありがとうと破顔した。 直視するには心臓に悪い微笑み。 うん、と曖昧な返事をして、水樹は赤くなった顔を見られないように俯いた。 「あれ、そういえば君発情期は?月末じゃなかった?平気?」 「月末だよ。多少ズレることもあるけど大抵26に始まる。」 「ふーん、ピルちゃんと効くといいね。」 その発言に水樹の体温が少し下がった。 そりゃあ、ピルがちゃんと効くに越したことはない。1週間の発情期はしんどいし、特効薬は地獄だし。 けれど番がいるのだから、今までほど苦労しないなと思っていた。 番に抱かれるのが一番楽になれるというから。 この前助けた男性のように、好きでもないけど生活のために番を望むΩもいる。 けど、水無瀬がそれを言うって。 もしかして相手をするのが面倒とか、そういう感じ? ぐるぐる考え込んでいるのは水樹だけで、水無瀬はカシャカシャ音を立ててカイロから暖をとるのに必死だった。 それを見て、少しホッとする。 たぶん、こいつ何も考えてない、と。 「カイロってさ、僕の手の冷たさと外気温に負けるのかな。すぐ冷える。」 綺麗な形の眉を寄せながらカイロを揉む姿がちょっと微笑ましい。水樹はその真っ白い手を取って、カイロごと自分のコートのポケットに突っ込んだ。 「こうするとずっとあったかいよ。」 少しずつカイロが温まってくると、それに伴いキンキンに冷えた水無瀬の手も温かくなってきて、水樹はその指先を軽く握った。 少し荒れた自分の手とは違う綺麗な指。 この手にこんな風に触れる日が来るだなんて思わなかった。 冷えた指先とともに温まる心の中は、厳しい寒さと裏腹に穏やかだ。 帰りたくない。 そんな、下手な少女まんがみたいなセリフをまさか自分が感じる日が来るとは思わなかった。

ともだちにシェアしよう!