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第53話

寮への帰路。 溢れかえるほどの人の波は段々と疎らになり、寮の最寄駅に着く頃には2人きりに等しかった。 ポケットの中でカイロを揉む指先が、時々水樹の指先と擦れる感触だけが妙にリアルで。 滑らかな水無瀬の指先を堪能していると、小さな小さな声で水無瀬が呟いた一言に、一気に気落ちする羽目になる。 「…兄弟だね、君たち。」 「え?」 「ううん、なんでもない。」 ポツリと呟いた水無瀬の瞳に龍樹がいたような気がして。 無視しようとしたけれど、なかなかうまくいかない。それは水樹の心に黒い蟠りを残して行った。 「今日楽しかったよ、ありがとう。」 そういった水無瀬の笑顔だけを覚えておけたらよかったのに。 寮の部屋に戻ってきて、乱雑にカバンを投げて。ソファに腰掛けて暫し呆けて、服を脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴びた。 「…発情期って、精神状態でかなり左右されるんだな…」 なんとなくボーッする頭も、シャワーの熱気とは明らかに違う熱も、発情期の前兆だ。 きっと早朝には、本格的に発情期だろう。 『ピルちゃんと効くといいね。』 「…会ってる時じゃなくて、よかった。」 帰省する予定だったから、食料が何もない。本格化する前に売店に行って何か買ってきておかないと。ああでもこの時間じゃあ売店も閉まっているだろう。 明日誰かに持ってきてもらうか。 でも誰に。 水無瀬に頼むにしても、それって相手してくれと催促してるみたいだ。 奈美は頼めば来てくれるだろうが、終業式が終わったら家に直行するために飛行機を取ってあるらしいから、迷惑だろう。 頼めそうなのは、あとは龍樹か。 けれど、顔を見たくない。 「…最低。弟の顔見たくないとか…」 何をしたって龍樹には敵わない。 先に水無瀬と出会ったのも龍樹。 水無瀬と長い時間一緒にいたのも龍樹。水無瀬の心を捕らえたのも龍樹。 兄弟だね、って。 きっと龍樹と付き合っている時に、何か似たような出来事があったんだろう。 友達のお兄ちゃんの次は恋人のお兄ちゃん。その次は弟の代わりで二番煎じ。 シャワーに紛れて、涙が一つ零れ落ちた。 「嫌いだ、こんな、嫉妬ばっか…」 何より大事で大好きな弟が、ひどく疎ましい。

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