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第58話

泣きながら食べたゼリーはあまり味がわからなかったけれど、とりあえずの空腹を誤魔化すには十分だった。 腹が満たされると気が晴れてくる。 水樹の顔が微弱ながら少しずつ力を取り戻すのを、水無瀬は頬杖をついて柔らかな微笑を浮かべながら見ていた。 食べ終わって一息ついていると、水無瀬がカレンダーを見上げる。それにつられて見ると、水無瀬は指を折り始めた。 「えーっと大体1週間でいいの?昨日から?」 「今朝かな。5時前くらい。」 「じゃあ今月中には終わるね。」 「うん。水無瀬、帰省は…」 と、ここまで言ってはたと気付く。 母親が冬休みに退院してくると言う話だったはずだ。そして再入院する日に戻るとかなんとか。 なんだっけ、あの時の電話で水無瀬はなんて言ってたっけ。 もしかしてものすごい面倒をかけてしまっているんじゃ。 不安に駆られる水樹を余所に、水無瀬は朗らかな声を出した。 「あー、5日から帰るよ。その日に母が病院に戻るらしいから、一目会いにね。だから問題ないよ。」 と言うことは元から年内は寮に残っている予定だったのだろう。ひどくホッとした。 5日に帰って、始業式の前日の7日には戻ってくるという。随分と忙しない。 そんな大変な思いをしてまで、母親に会う理由はなんなのだろう。虐待を受けた家に帰る理由は。 何か聞きたそうな顔をしていたのだろう。水無瀬は微笑みをたたえながら小首を傾げて、水樹に言葉を促してくれた。 「水無瀬は…ご両親のこと、嫌いじゃないの?」 あ、もっと良い聞き方あったかも。 そう思ったけれど、口に出てしまったものは仕方ない。 虐待を繰り返す母親。 虐待を繰り返す妻を優先する父親。 顔も見たくなくなりそうなのに。 「嫌う?どうして?」 だというのに、水無瀬は笑った。 いつも通りの柔和な美しい顔で。 「だって、お母さんに…」 「そうだね、所謂虐待で間違いないと思うよ。」 「じゃあなんで、」 「だって僕は母に愛されてるもの。少し歪んでるだけで、ちゃんと愛されてる。なにがあっても手放したくないくらいにね。父もそう。母の方が大切なだけで、ちゃんと僕を愛してくれてる。」 水樹は言葉を失った。 あまりに幼い頃から日常的に虐待を受けて育つと、こうなるのかと。 「僕が今こうしてあの二人の子として生きてるのが何よりの証拠だよ。」 愛の基準が、あまりに低すぎて。

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