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第60話
水無瀬が洗い物を終えて戻ってくるのを待ち、手にハンドクリームを塗り始めたのを見て、水樹は口を開いた。
「水無瀬…終業式、平気だったの?休めないんじゃ」
「ああ、平気だよ。学校休めないって言ったって、要は成績取ってればいいんだから。だから極力授業休みたくないってだけ。」
「そ、なんだ…ごめん俺、よくわかってなくて。」
「全然知られてない制度だし、普通じゃないかな。実際僕が数年振りらしいよ?あの制度使ってるの。しかもほぼ全額補助だからね。」
常に学年トップで、数々の模試でも上位に位置する水無瀬に支払われている補助金はやはり並大抵の額ではないらしい。
いくらαとはいえ、その成績を維持するのも並みの努力では出来ないだろう。
そう思うと、やはり発情期で1週間も拘束してしまうのは気が引ける。
揺れる。
頼りたい気持ちと、迷惑をかけたくない気持ち。
水無瀬の方から無理矢理に近い形で番にしてきたとはいえ、水無瀬を好きなことにも変わりがない。好きだから、嫌われたくなくて迷惑もかけたくない。それに番になったあの時は、無理だって言われたし。
けど、もしも頼って良いんだよと言ってくれるのなら、頼りたい。
他でもない水無瀬に。
「あ、のさ。」
「んー?」
「これからは、発情期の時、呼んでもいいの?」
「いいよ。無理な時は無理っていうし。」
あっさり。
悩んだのがバカみたいで、水樹はがっくりと肩を落とした。
なんて勝手な奴。
ジト目で睨んでみるものの、水無瀬はハンドクリームがちゃんと塗り込めたかを確認していて、水樹の方をちらりとも見ない。やっぱり勝手な奴だ。
「君はもっと甘え上手かと思ってたよ。」
自分の手から目線を外さずに水無瀬がポツリと呟いた。
どういう意味かと不思議に思って視線を向けると、ようやく目が合う。ふわんと優しく微笑まれて、青い瞳が細くなった。
「いいんだよ周りなんていくらでも頼れば。無理って言われたら別の誰かのところに行けばいい。無理って言い続ける人は頼るのやめればいい。生きる術だよ。」
何か飲もう、と水無瀬はさっさとその場を離れてしまった。
そうやって、生きてきたんだろうか。
母を頼り父を頼り、諦めて他を頼り、上手に上手に綱渡りして今ここにいるのだろうか。片っ端から頼っては見切り、そうしないと生きてこられなかったのか。
『どうしても、君が必要だったんだ。』
あの言葉の真意はもしかして、何かの目的ではなく、そもそも生きていくのに自分を必要としてなのか。
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