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第61話
水樹は生唾を飲んだ。
それは、まるで石でも飲んだように硬く、泥でも食べたように苦い。
これを聞くのは、それほど勇気が必要だった。
「俺を番にしたのは、本当に龍樹の代わり?」
水無瀬はキッチンスペースから、視線だけをこちらに寄越した。
ガラス玉のような瞳から発せられる冷たい視線に射抜かれて怯みそうになったが、グッと拳を握って奮い立つ。
自分には、聞く権利があるはずだ。
「俺じゃなきゃダメだった理由って…なに?」
天上の気分をもたらす至極の美貌から一切の表情が消える。水樹は、室内の暖房器具が全て故障したのかと錯覚した。
「後悔しても、知らないよ?」
水無瀬は、先程の恐ろしいほどの無表情が嘘のように柔らかな微笑みを浮かべている。
この微笑みに騙されていた方が、もしかしたら幸せなのかもしれない。
自分でなくてはダメだったという言葉を疑いもせずに鵜呑みにして有頂天になっている方が幸せなのかもしれない。
水樹は少しだけ躊躇した。
我ながら、もう十分傷ついたと思う。このまま緩い幸せに浸っているのも悪くない。
けど。
頻繁に訪れるこの不安感に苛まれながら生きていくのって、しんどそうだ。
水樹はグッと水無瀬を見上げた。その瞳に何かを感じ取ったのか、水無瀬は少し呆れたように首を振る。
「…寒いね。お茶でも飲もうか。」
上品な音を立てて置かれた湯呑みは、祖父からの贈り物で、龍樹と揃いのお気に入りだ。
水樹は一口それを飲むと、ちらりと向かいに座る美貌を眺めた。
本当の父親がわからないのだからどこの国の血を引いているのかはわからないが、欧米の白人であることは間違いない。その容姿で湯呑みを持つ姿は、どこかアンバランス。しかもズズッと豪快に音を立ててお茶を飲む。
そういえば、この美しい容姿でイチゴミルクを飲む姿をいいなと思ったんだっけ。
最近あのピンクのパッケージを持っている所を見ないから、忘れてしまっていた。
コトリと湯呑みを置いて、ふうと一息ついた水無瀬は、窓の外をぼんやり眺めながら、その理由を話し出した。
「君を番にした理由…率直に言うと、」
ごくん。
水樹は自分が唾を飲み込む音を、こんなに鮮明に聞いたのは初めてだった。
「金目当て…かな。」
次に飲んだのは、息だった。
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