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第62話
薄々勘付いてはいた。
特別奨学生という枠組み。
幼い頃から続いていたという虐待。
痩せた手首。
「母の治療費と薬代…それからアルコールでね、ずっと家計が火の車なんだ。」
もしかしたら、水無瀬の家庭は、苦しい生活を強いられているのかもしれないと。
けれど金目当てと言われても、もちろん水樹自身が稼いでいるわけではない。財産のほとんどは陶芸家の祖父の物だし、主立って稼いでいるのは当然父だ。
困惑する水樹を前に、水無瀬は続けて言った。
「君のお家は裕福でしょ?君を番にして結婚したら、いつか遺産が入る。…それが理由だよ。」
憂いを帯びた水無瀬の顔は、はっとするほど美しい。
こんな話だというのに、水樹は反論も忘れて、息をすることさえも忘れてしまったように惚けた。
せっかく入れてくれたお茶が、冷め始めていた。
「高校も諦めようと思ってた。けどいくら僕がαでも中卒じゃあろくな仕事もない。せめて高校は出たくて、ここに来た。5年生の時、担任が教えてくれてね。」
塾にも行けず参考書も揃えられない環境の中、死にものぐるいで勉強をする幼い水無瀬の姿を見た気がした。
自分だって、元々勉強が得意ではなかったから龍樹と同じこの学校に来るためにかなり勉強した。
塾にこそ行かなかったが、父が見つけてきたβの家庭教師が付いていたし、参考書も必要以上に用意された。
αとはいえ、トップで入学して、トップを維持し続けて、全国模試でも上位の成績を取るのがどんなに難しいか想像に難くない。
「ここに入学して、龍樹に出会って君の存在を知った。…都合がいいと、思った。」
水無瀬は、真っ直ぐに水樹を見た。
濁りのない、清廉な青い瞳。
それはただ直向きに愛情を求めて泣く小さな赤子のよう。
吸い込まれそうなその瞳に魅入られて、すっかり言葉を失った水樹に、水無瀬は少しだけ憐れみと同情を含んだ瞳を向けた。
「見ていてすぐにわかったよ。龍樹を盾に取れば、君は必ず頷くって。」
その顔は、どこか苦しそうで。
「龍樹がΩだったら、一番良かったのかもしれないけどね。」
そう言って苦笑いした水無瀬の真意を聞く勇気は、もう残っていなかった。
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