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第64話

冬休みが終わり、再び学校に活気が戻ってきた。 自宅から戻った水無瀬はなんだか知らないが真っ直ぐ水樹の部屋を訪れて、見たことないくらいキラキラした純粋な笑顔を見せた。 「あんなに穏やかにお母さんと話したの久し振りだよ。帰ってよかった。」 そう話す水無瀬が、本当に嬉しそうで。 悶々とした数日を一人で過ごしていた水樹は、その笑顔ひとつで心が洗われる気分になってしまったのだった。 雪が降るほどではないものの、寒いものは寒い。 年明け最初の席替えで運が良いんだか悪いんだか窓際になった水樹は、退屈な数学の授業を聞き流しながら窓の外をぼうっと眺めていた。 視線の先では、特進科が体育の授業を行なっている。 お勉強第一集団だから、体育なんて形だけだ。部活動とはいえ走るのを専攻する水樹にしたら余計疲れそうなダラダラした走り方をする生徒たちを見下ろすと、一際ダラダラ走っているのは弟だった。思わず苦笑い。 そんな中で1人だけ軽快な走りでさっさとノルマを終えたらしい水無瀬が、グラウンドの端っこで膝を抱えて丸くなって暖を取り始めた。 ああ、そうそうそれがあったかいんだよ。熱くなった身体でジャージ着て丸くなるのがいいんだよな。 運動ができる奴とできない奴の差だな、と笑っていると、ふっと水無瀬が顔を上げた。 視線が、かち合う。 一瞬遅れて、ヘラっと微笑みながら、水無瀬はこちらに手を振って来た。 手を振り返すか悩んで、シャーペンを持った手を中途半端に持ち上げたけれど、その時コツンと頭を叩かれた。 「橘ぁ…余裕だなぁ…?」 「ひっ…!」 なんで嫌いになれないんだろう。 目下水樹の悩みはそれ。 レイプに脅しに無理やりの番契約。100歩、いや1万歩譲って愛あるうえでのことならいざ知らず、よりにもよって金目当て。しかも弟の代わり。酷い。 「もしかしてΩって番相手が無条件で好きになっちゃう体質?」 「は?何言ってんの?」 「うんまぁ、そうなんだけど、いや、おかしい。」 「だから何がよ。ていうか終わったの?」 「まだ。」 早くしてよー、という緩い催促をされて、水樹は再びノートに向かった。真っ白だったノートは奈美のおかげで埋まりつつある。 こうしてただ書き写しても全く理解できない。学年末試験もまた水無瀬の世話になることになりそうだ。 あれ、やっぱり水無瀬を頼る気でいる。 数学で頼るなら、それこそ龍樹だっていいのに。あいつあんなに本好きなくせに理系だし。どっちもできるとか、我が弟ながら天晴。 「…俺ってダメな男に引っかかるタイプだったのかな…」 「話なら部活の後にでも聞いてあげるから早くしろってば。」 今度こそベシッと脳天を叩かれて、水樹は大人しく集中してノートに向かった。

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