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第65話
その日の放課後、冬休み明け最初の部活動があった。
乾燥した冷たい空気が肌に刺さるようで、水樹は身震いして自分の身体をギュッと抱きしめる。
なんで陸上のユニフォームってこんな短パンなんだろ、と思いながら軽く柔軟をして早々に走り出した。
風をきる音と共に耳に冷たい空気が入り込んで痛いくらいだったが、程なくして身体が温まってくる。
とりあえず暖をとるには十分だろうとトラックを抜け出すと、アップを終えたらしい佐藤がミネラルウォーターを差し出してきた。
「この寒いのにいい走りだ。」
「寒いからですよー。あったかい部屋の中じゃあるまいし、ジッとしてられないです…」
「ははっ!違いない。」
受け取ったペットボトルを一気に煽ると、スッと身体に馴染んで軽くなった。常温の水が身体には一番良いのを、こういう時に実感する。
ペットボトルのキャップを閉めながら、ふと水無瀬の顔が浮かんだ。
『水道水で十分じゃない。しかもこの寮、水道止まらないんだよ?』
確かに、水道水で十分だ。
美味しいか美味しくないかと問われると美味しくはないが、健康に害などない。
この世の最上級の物しか知らなさそうな顔で懇々と食べ物のありがたみや、節約というよりはむしろギリギリのラインで生きる術を語る水無瀬の姿ははっきり言って異様だった。
「…水樹、その、冬休み前は」
「先輩ってαですよね?水道水飲みます?」
「え?あ〜…料理は水道水だけど、水を飲む時は買うかな…」
「傷んだ食べ物でお腹壊したことは?」
「いや、無いな。どうした急に?」
「なんでもないです。俺もっかい走ってきます。」
ミネラルウォーターのペットボトルを佐藤に突き返して、水樹は再びトラックに戻っていった。
唖然とした佐藤を残して。
考えてはいけない気がした。
考えれば考えるほど、水無瀬のことがわからなくなる。まるで先の見えないトンネルのようで、抜け出せない蟻地獄のよう。
貧しい家庭事情を晒して、何がしたかった?
隠しておくことも出来たはずだ。
騙し騙しこのまま水樹を懐柔して結婚し、そして遺産を手に入れる。その方がスマートだ。
いやでも、結婚するならお互いの両親に会うとかそういう過程がある。どちらにせよ貧富の差は露呈する。
同情を誘いたかった?
それともただ傷つけたかった?
それなら間違いなく成功だ。
水樹は傷に塩を塗られた上に、水無瀬の家庭環境について考え込む機会が増えた。
けど、本当にそうだろうか。
水無瀬のあの、赤子のような清廉な瞳が、忘れられない。
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