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第66話
やり過ぎた。
ズッシリ重くなった脚を持て余して、水樹はグラウンドの隅に座り込んだ。
グラウンドでは部の仲間たちが楽しそうに談笑しながら片付けをしている。1年坊主の水樹も本来手伝わなければならないのだけど、もう動きたくなかった。ましてや砲丸とかハードルとか絶対嫌だ。
冬の空は陽が短く、まだ18時にもなっていないのにもう辺りは真暗だ。まるでそれが自分の心のようで鬱陶しい。
水樹は緩く頭を振ると、既にほとんど片付け終わったグラウンドに向かって歩き出した。
じっと座り込んでいると余計落ち込む。何かして気を紛らわせておかないと、おかしくなりそうだった。
やっぱり部活が終わったら奈美の部屋に行って、適当に騒がせてもらおう、と。
そして部活を終えて、奈美の部屋を訪ねる手土産を買いに売店に来た水樹は、随分久しぶりに近くで弟を見た。
ちょっと気まずいかも、と思いながらも、何事もなかったように笑いかけると、龍樹は随分ホッとした顔をした。
龍樹も同じく気まずかったようだ。
「なんか久しぶり。冬休みどうしてたの?」
「残ってたよ。お前はずっと、水無瀬といたんだろ?」
「5日から水無瀬は帰省したから、それまでね。」
「そんな半端な時期に?」
「うん。」
龍樹は怪訝そうに眉を顰めた。
その表情を見て、ふと思う。
龍樹は、水無瀬のことどれくらい知ってるんだろう。
全部知っているのかもしれない。母親のことも出生の秘密も、家庭の苦しさも。もしかしたら水樹がまだ知らないことも、知っているのかもしれない。
でも、この表情を見る限りだと、何も知らないようにも見える。
龍樹は売店に何をしに来たのか、水樹のそばを離れず特に何かを買う様子もない。
その様子を横目に見て、水樹はちょっと躊躇しながら口を開いた。
間違えてはいけない。
口が滑って水無瀬本人が教えていないことを、教えてしまうわけにはいかない。
水無瀬が明かしてくれた過去はまるで雪のように繊細だ。
そんなものを託してくれたのは、多少なりとも水樹を信用してくれているからだろう。
「龍樹さ、水無瀬の好きな食べ物とか嫌いな食べ物、知ってる?」
声が震えないように力を込めるのが大変だった。
こんなに寒いのに背中を伝うもの。
それは紛れもなく、冷や汗だ。
「好きなもんは甘いもんだろ。嫌いなものは特にないって言ってたな。いつだったか忘れたけど。」
龍樹の答えを聞いて、確信する。
こいつ、何も知らない、と。
「そっか…うん、ありがと。」
水樹はそれだけ告げて、不思議そうな顔をする龍樹を残して売店を後にした。
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