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第67話
水無瀬の好きな食べ物は甘いもの。それ以外だとカレー。
嫌いな食べ物は、ないのではない。
食べられるということが水無瀬にとっては重要で、好きだの嫌いだの言っていられないのだ。
宗教画に描かれた天使のような美しい顔で優しく微笑む水無瀬。
お母さんと話しができたと屈託無く笑う水無瀬。
クリスマスツリーを見に連れて行ってもらったんだと懐かしむ水無瀬。
金目当てで番にしたと無表情で告げる水無瀬。
君は龍樹の代わりだと哀れむ水無瀬。
どの水無瀬が本当なのか。
答えは分かっていた。
どれも本当の水無瀬なのだと。
「あれ、どうかしたの?」
まっすぐに向かったのは奈美の部屋ではなく、水無瀬の部屋。
ジャージに半纏というその恵まれた容貌にこれでもかというほど反する格好で、水無瀬は水樹を出迎えた。
しかも中等部のジャージだ。腕も脚も丈が少しだけ短い。
「…足首、寒くないの?冷え性の癖に。」
「これね、寒いんだよー。でもまだ着れるしさ。」
「因みに、水無瀬の着れなくなったの基準って何?」
「んー…膝とかが破けて動きを妨げるようになったらかな?あとは単純に太り過ぎて入らないとか?」
とりあえず入りなよ、外気が入ると寒いから。
そう言って水無瀬はドアから一歩下がって水樹を迎え入れた。お邪魔しますと一言添えると、半纏の袖の中に手を突っ込んで腕を組んでいた。じじくさい。
水無瀬のその基準だとあと10年は着れそうだ。水無瀬がジャージをサイズアウトするほど丸々と太っている姿なんて、見たくない。
「で、どうしたの?」
こてんと首を傾げる姿は大変可愛らしいのに、首から下が大変残念だ。
「別に。番に会いにきちゃ悪い?」
けれど、そんな残念な姿を晒してくれるのも、苦しい過去や生活を暴露してくれたのも、きっと自分だけ。
龍樹も知らないことだ。
αの龍樹は水無瀬の番にはなれない。
自分は、龍樹の代わりでありながら、水無瀬にとって龍樹以上の存在になったのだ。
「クリスマスの時に話してからおでん食べたくてさ、付き合ってよ。」
「別にいいけど、じゃあ龍樹も呼ぶ?」
「あいつおでんあんまり好きじゃないんだよね。好き嫌い多いから。」
「そうなの?なんでも食べてる感じするけど。」
「今はね。昔は何食って生きてんだよって感じだった。」
「ふーん、食べられればなんでもいいじゃんね?」
なら、龍樹の代わりじゃなくなればいい。
自分が嫌いになれないなら、水無瀬に好きになって貰えばいい。
水樹は、持ってきた買い物袋をギュッと握った。
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