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第68話
大量におでんを作って食べさせると、その日も水無瀬は限界まで食べてダウンしていた。
だから作りすぎって言ったのに、といつもの極上のテノールが嘘のような低い声で呟くと、その場にゴロンと横になる。
腹をさすりながら目を閉じると、長い金色の睫毛が滑らかな頬に曲線の影を落とした。
ひっそりその顔を見ながら残ったおでんを下げる。
明日も食べてもらおうと思ってわざとたくさん作ったのだ。食い尽くされてはむしろ困る。
「残ってるの、明日食べなよ。冬だし、火入れたら大丈夫なはずだから。」
「うん、ありがとう。美味しかったよ、ご馳走様。」
ほらやっぱり、ちゃんと目を見てご馳走様。
作った側としては、食べ過ぎるくらい食べてくれて、美味しかったという一言でかかった手間も時間も帳消しになる。
そういえば、こんなに素直に美味しかったと言ってくれたのも初めてかもしれない。
ツミレ入れすぎとかそういう文句は多かったけど。相変わらずの美麗な笑顔を振りまいて卵とはんぺんを嬉々として掬う姿は、子供のようで可愛かった。
こういう姿を見せてくれるから、嫌いになれないのだ。きっと本人は無意識なんだろうけど。
水樹は箸と取り皿だけの少ない洗い物を始めた。
「水樹ってほんと不思議。」
シンクを流れる水の音に負けそうな小さな声でポツンと呟いた水無瀬を振り返ると、床に転がったまま天井に向かって手を伸ばしている。
真っ白い手が蛍光灯に光り、長い指の影が水無瀬の美しい顔を隠した。
じっとその表情の読めない顔を見つめると、曖昧に少しだけ微笑んだ水無瀬が視線を合わせてくる。
触れるとひんやりしそうな色の瞳から発せられる眼差しは、意外にも温かい。
「なに考えているのか全然わかんないよね、君って。」
龍樹はあんなにわかりやすいのになー、とぼやきながら、水無瀬は寝返りを打って水樹に背を向けた。
暫し唖然。
程なくして、水無瀬の肩が規則的に上下しはじめた。
腹が満たされて眠くなったらしい。
「…わかんないのは、水無瀬の方だよ。」
小さな呟きは、汚れた水と一緒に排水口に吸い込まれていった。そして最後の一滴が流れていくのを見届けて、床で眠る水無瀬に近寄ると、隣にしゃがみ込む。
「…好きなんだよ、わかれよバカ。」
水無瀬は、眠ったままだった。
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