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第70話
「調理実習じゃないんだから三角巾まで用意しなくても。」
「髪の毛入ったらどうすんのよ!毛入りのチョコ贈ってくるキモい女と思われるじゃない!ほら水樹も!」
「マジか。」
ピンクの生地に花柄の可愛らしいバンダナを三角に折って手渡された水樹は、チョコ作りの材料が並んだテーブルを見て早くも少し後悔し始めていた。
「因みに前髪出して三角巾しても全く意味ないからね?」
「なんですと!?」
「当たり前じゃん…」
わざとらしいため息をつきながら手本のように前髪も横の髪も全部三角巾の中に包んで見せると、奈美はまず長い髪を一つに束ね始めた。
本気で三角巾までするつもりらしい。まるで若手の給食のおばちゃんのようだった。
───
オーブンの中で順調に膨らんでいるガトーショコラを監視している奈美を尻目に、水樹は甘い匂いに包まれた部屋をなんとかしたくて窓を開け放った。
冷たい空気が肌を撫ぜる。
少しだけ身震いして、温かいお茶を入れようとお湯を沸かして茶器を取り出すと、部屋を見渡してガックリと肩を落とした。
料理もお菓子作りもしたことがない奈美の手際が恐ろしく悪く、二人掛かりだったにもかかわらずボウルやヘラが散乱している。
アレを片付けるのはきっと俺、とうんざりしながら、水樹はぐぐっと凝り固まった身体を伸ばした。
それでも一発でなんとか形になりそうだから、よかった。
水樹は淹れたお茶を啜りながら三角巾を投げ捨て、変な癖のついた髪を手櫛で整えた。
奈美が持って来た荷物の中には、可愛らしいラッピング用品も詰め込まれている。ちょっとだけのぞいているそれを眺めると、少し切ない気持ちになった。
奈美がバレンタインにチョコを渡そうとしている藤田には、彼女がいる。
中学の時から続いている一つ下の幼馴染で、水樹も知っている子だ。奈美はそれを承知で、つまりは振られるためにチョコを渡そうとしているのだ。
諦めきれない片想いを、本人にキッパリ振ってもらうことで決別しようということだろう。
強いな、と思う。
それもひとつの恋の形だ。
女の子特有のか弱い背中を見ながらお茶をすすっていると、不意に振り返った奈美と目が合った。
そして気まずそうに口を開く。
「あんまり、話したくないかと思って聞かなかったんだけどさ…番の人とは上手くやってるの?」
水樹は少し迷った。
奈美には相手も知られている。どこまで相談していいものか、どこまでなら水無瀬の秘密を知らせずに相談できるかがわからなくて、すぐに答えることが出来なかった。
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