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第71話
脳裏に水無瀬の顔が過る。
その柔和な微笑みの下に何を考えているのか全く読めないし、話してもくれない。
けれど、水無瀬は言った。
水樹って何考えているのかわからない、と。
つまりは、お互い何を考えているのかわかっていない。お互い手探り。
これを、うまくいっているとは、とても言えない。
口籠る水樹を見て、奈美は申し訳なさそうに俯いて、オーブンに視線を戻した。
「ごめん、言いたくなければいいの。私はどんなときも味方だよって言いたかっただけなの。だから、」
だから、いつでも相談してねって言いたかっただけ。
背を向けているせいで、小さな声は余計聞き取り辛かった。けれどその言葉は水樹の心にしっかりと届き、そして迷っていた言葉を紡ぎ出した。
「上手くは、いってないんだ。何考えてんのかわかんなくてさ。」
その時、軽い電子音を立ててオーブンがケーキの焼き上がりを知らせ、そして止まった。
水樹は立ち上がり、オーブンを開けたくてウキウキしている奈美の横から中を覗き込んだ。
上出来だろう。
「ね、奈美。このケーキ1カット貰ってもいい?」
きっかけはなんでもいい。
あれだけ甘いものが好きなんだから、喜んでくれるだろう。あの屈託のない笑顔を見せてくれるかも。
完成した二つの包みを見て、水樹と奈美は小さく笑い合った。
そして翌日のバレンタイン当日は、奇しくも土曜日。水樹は奈美と作ったガトーショコラを手に水無瀬の部屋を訪ねた。
水無瀬は、差し出された可愛らしい包みを手に怪訝そうな顔をして見せた。
「え…何か入ってたりしない?」
「ほんっとに失礼…!」
思わず取り返して龍樹に渡しに行こうかと思ったくらいだった。
本当になんでこんな奴、と思うが仕方ない。好きになってしまった訳だし、番にまでなってしまったら、水樹にはもうこの人しかいないのだ。
怒り冷めやらぬ様子の水樹をちょっと笑った水無瀬は、再びケーキの入った包みを眺める。
そして、ほわんと破顔した。
「…嘘だよ、ありがと。嬉しい。」
それはまるで、一面に広がる花畑が一斉に春を迎えたその瞬間を目の当たりにしたような。
直視してしまった水樹は、俯くことしか出来なかった。
「あがりなよ、お昼食べようと思ってたんだ。」
「あ、俺もまだだ。」
「焼きそば。作って。」
「俺が作るのかよ…」
その笑顔に、少し勇気付けられた。
今日という今日は、少しでも水無瀬の真意を探ってみせる。
寒い寒いと繰り返す綺麗な色の頭をキッと睨みつけた。
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