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第72話

「水樹塩派なんだね、意外。」 水無瀬は水樹が入れた食後のお茶を啜りながら満足気に呟いた。 「そうかな?なんで?」 「龍樹は断然ソースって言ってたからさ。好みも似通ってると思ってた。」 「いや、食べ物の好みは全然だよ。あいつは甘いもの結構好きだし、銀杏食えないし。」 小さい頃、銀杏ごはんが食べたくて大泣きする水樹と、それを拒否して大泣きする龍樹の姿はもはや定番だった。台所に立つ祖母と母はさぞ困っただろう。 双子って面白いよね、と水無瀬は笑うと、すくっと立ち上がる。 「よし、チョコ食べよ。」 「水無瀬結構食うよな…」 「食べるものがあれば食べる。」 心なしか周囲に花を飛ばしながら冷蔵庫に向かう後ろ姿を見ながら、水樹は自分のお茶を飲んで軽い深呼吸をした。 落ち着け。 もう十分傷ついた。これ以上のどん底なんてそうそうないと思う。そう思いながら、毎回より深い沼の底に突き落とされるのだけど、今日こそはその沼に足を取られまい。 「水無瀬、さ。」 「んー?君も少しは食べる?」 「いらない。」 「あはは、だよね。」 上機嫌で水樹が持って来た箱とフォークを手にした水無瀬は、鼻歌交じりに包みを開け出した。意外と丁寧だ。 「で、なに?」 青い瞳は包みから視線を外さず、話の続きを促した。 てっきり誤魔化しにかかったのかと思っていた水樹は、少々面食らって、そして緊張で乾いた唇を湿らせた。 「わ、美味しそう。」 いただきます、と手を合わせたのを見届けて、口を開く。 「水無瀬は、何がしたいの?」 貧しい家庭環境を晒したのは、同情を引くため? 金目当てだと暴露したのは、俺を傷つけるため? 時折優しくするのは、笑顔を見せてくれるのは、なんで? 最初の一口を運んだフォークが水無瀬の理想的な形と厚さの唇から引き抜かれるのを、まるでスローモーションのように感じながら見ていた。 水無瀬の瞳から、スッと温度が消えた。 「…この前話した通りだよ。君と結婚して遺産を手に入れる。」 「それじゃ、金目当てだってバラす必要は?このまま俺を懐柔して結婚して、その方が簡単じゃん。わざわざバラした理由って何?」 矢継ぎ早に尋ねると、水無瀬はそっと目を伏せた。 カタン、とフォークが置かれる音がやけに響く。 次に部屋に響いたのは、至高のテノールだ。 「…君に嫌われようと思った。」 甘く柔らかく蕩けるようなその声は、少し悲しみと、そして寂寞を滲ませていた。 「僕じゃ君を幸せになんて到底できないし、君は僕が一番欲しいものを絶対にくれないのがわかっちゃったから。」 水樹は、時が止まったような感覚を覚えた。 「…お互いに幸せになれないなら、いっそ嫌ってくれたらと思ったんだよ。」

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