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第75話

綺麗になった皿の上を満足そうに眺める水無瀬は、本当に嬉しそうだ。まるでその皿を慈しむような愛でるようなその視線。 嫌いな相手から貰ったケーキを、そんな風に食べるわけが、ない。 嬉しいのに混乱してしまって、いつもならお粗末様とか言うのにそれすら出てこない。 そんな水樹を見て、水無瀬はくつくつと楽しそうに笑った。 「その困り果てた顔、本当可愛いよね。」 「…は?」 「泣きそうな顔とか最高。」 「なんか違くない?」 「違くないよ。言ったじゃない、僕泣き顔好きなんだって。」 言ってた。確かに言ってた。 こいつ、もしかして育ちがとか金がとかいう問題ではなく単純にクズなんじゃ。 だというのに好きというその言葉がやっぱり嬉しくて、顔が赤くなるのはどうにもならない。水樹は少し悔しくなって、むすっとそっぽを向く。それさえ笑われた。 赤くなった頬をそっと撫でられると、火照った頬にはその冷たい手が心地良い。水無瀬の冷たい指先が何度か水樹の頬を撫ぜると、到底堪えることができなかった涙が頬を伝うたびに水無瀬が優しく拭ってくれた。 そんなに泣かないでよ、と苦笑しながら、額にこめかみに目尻に触れるだけのキスをして。 痛くて苦しくて辛かった。 こんなことならさっさと伝えておけばよかった。 「バカじゃないの…龍樹は、弟だよ。俺が、どんなに龍樹に嫉妬したか知らないくせに…」 アーモンド型の目が驚愕に見開かれた瞬間、水樹は強引にその唇を奪った。 「好きだよ。ずっと、ずっと前から。」 その冷えた手が水樹の体温で少し温まった頃。 嗚咽を堪えることに必死で疲れてしまった水樹はくったりと水無瀬の少し骨ばった痩せた肩に頭を預けていた。 サラサラと髪の毛を弄る水無瀬は、今一体何を考えているのだろう。 この大好きなフェロモンに包まれながら眠ってしまえたら、どんな高級布団よりも良質な睡眠が取れるに違いない。 このまま夢の世界に旅立ってしまいたい。きっと水無瀬は許してくれる。ああなんという幸福だろうか。 水樹は重くなってきた瞼に逆らわず、そっと目を閉じた。 と、その時。 「でもね、水樹。」 あくまで優しく。 そのテノールの美しさは損なわず。 「僕なんかに惚れたらダメだよ。知ってるでしょ?僕がどんな愛情を受けて育ってきたのか。」 グッと白い手を握る。 力を込め過ぎて、掌に爪が食い込んでいるんじゃないかと。水無瀬自身の爪が美しい手を傷つけてしまうのではないかと水樹は狼狽えて、慌ててその手を握った。 気温のせいか緊張のせいか、はたまた水無瀬自身の体質のせいかひやりとする手から、ふと力が抜ける。白い掌に、くっきりと爪痕がついてしまっていた。

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