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第77話
「どうしたら…」
水樹はポツリとこぼした。
「どうしたら信じてくれる?」
好きだという気持ちを。
優しい愛もあるのだと。
水無瀬の表情が一瞬、ほんの一瞬引きつった。そしてふいと視線を逸らされる。悲しみにくれたその青い瞳の、なんと暗いことか。
この美しい人がそんな瞳をすることが、水樹にはひどく辛い。
「…ほんと、君ってわかんない。」
水無瀬と視線が合わない。
けれどその呟きはきっと本心。
いつかも言っていた。水樹って何を考えているのかわからないと。水樹からしたら、水無瀬の方がちっともわからないというのに。
「なんでこんなに酷い目に合わされて、好き?嘘でしょ、憎くないの?」
「嘘じゃない。憎めたら…楽だったのかもしれないけど。」
「だったら、憎めばいいじゃない。死んでしまいたい殺してやりたい、私の人生を返してってお母さんみたいに僕を殴ればいいじゃない!」
「水無瀬!」
グッと引き寄せた白い腕は、想像よりもずっと痩せていた。
簡単に倒れこんできた綺麗な頭を胸に押し付ける。きっと水無瀬の耳には鼓動の音が届いているだろう。
心臓の音は、人を落ち着かせる。
水無瀬の強張った体から力が抜けるまで、随分と時間を要した。
「教えて水無瀬…本当に欲しいものは、何?」
お金なんかじゃないよね。
一番に愛して欲しいのも、間違いではないけど、本当に欲しいものは、違うよね。
言葉には出さなかったけれど、水無瀬にはきっと伝わった。
「…安心感…」
本音を、漸く吐いてくれたから。
「この人だけは、何があっても助けてくれるって、僕を見捨てたりしないって…」
「うん。」
「お腹いっぱいになれなくてもいい、毎日お風呂に入れなくてもいい、ただ安心して目覚めたい…」
「うん。」
部屋の隅で小さくなって身を守りながら眠るのが当たり前だったんだろう。眠っていたのに突然文字通り叩き起こされたことも日常的だったのかもしれない。
水無瀬の幼少期は、水樹にはわかってやれない。想像することしかできない。けれど、愛されてきた水樹だからできることもある。
「俺は水無瀬を叩かないし、死ねとも死にたいとも言わない。…いいよ、眠っても。」
再び水無瀬の身体に力が入った。
自分より大きなその身体を強く抱きしめる。
やっと気付いた。
水無瀬は、綺麗な天使様なんかじゃない。
食べることも眠ることも困難な中で、負った傷も厭わずただ安らぎを求めて彷徨う野生の獣。
その姿形が、天使の様だというだけ。
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