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第85話
一頻り自慰に耽って発情期の波をやり過ごし、特効薬を打って少しすると、今度は副作用に苦しむ羽目になる。
ガンガン響く頭にぐるぐる回る胃袋。度重なる嘔吐で焼けるように痛む喉。立ち上がるたびにひっくり返る視界。あっちもこっちも痛くて苦しいから、眠ることすら容易ではない。
それを癒してくれるのは他でもない、そう、この匂い。このフェロモン。
冷や汗でべったりと額に張り付いた前髪を、水無瀬の手が優しく払った。その冷えた指が触れた先から苦痛が緩和していくと、水樹の呼吸が徐々に落ち着いていった。
改めて実感する。
この人なしでは、もう生きていけないと。
「…ごめんね、遅くなった。」
「ううん、平気…来てくれて嬉しい。」
頬を撫でる滑らかな指先が何よりの癒しだ。そう、来てくれただけで嬉しい。本心だ。ジッと独りでこの苦痛に耐えるのは、慣れているけれど、やはり辛い。
「水無瀬…ギュってして…」
布団の中から力なく両腕を伸ばすと、水無瀬はそっと手を取り力強く水樹の身体を起こして、まぶたに一つキスしてからふわっと抱き締めてくれた。
ああ、やはりこの匂い。
この体温。
全てが何よりの鎮痛剤。
背中に手を回して目一杯抱き着いたが、すっかり体力を消耗してしまってそれも弱々しいものだった。それでも離れたくなくて、永遠にこうしていたい気もした。
汗と薬と嘔吐の後でひどい異臭がしただろうに、水無瀬は一つも文句を言わなかった。
「ゼリー買って来てるから、食べられそうな時に食べようね。今日は僕ここにいるから。」
そうっと背を撫でてくれる手は冷たいのに、その言葉は温かくて、水樹の目に涙が浮かぶ。
発情期で、特効薬の副作用で苦しむ中、愛しい番に側にいてもらえることがどんなに心強いか。
テストのために勉強もしなきゃならないだろうに。申し訳ない気持ちになりながらも、それくらいは甘えてもいいかなという気もする。
「ん…テストは?」
「勉強はここでもできるよ。」
そっか、と安心からこぼれた言葉を最後に、水樹はこてんと力を抜いて痩せた肩に額を預けた。
本来ふわふわの髪がじっとりと嫌な手触りになっているのに、水無瀬はその髪を愛でる。心地良い。
このまま眠れたら、ぐっすり眠れる気がする。
瞼の重さに耐えられずそのまま眠りに落ちた水樹を、水無瀬はそっとベッドに横たえた。
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