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第86話
うとうとしていた水樹は断続的に夢を見ていた。それは頭の隅に追いやった記憶。今は亡き叔父との記憶だ。
今でこそ性差もあり全く似ていない二卵性の双子だが、昔はよく一卵性と間違われるほどに水樹と龍樹はよく似ていた。同じ服を着た遠目の後ろ姿であれば母ですら間違えた。
そんな二人を一度も間違えなかったのが、叔父だ。
『水樹、なんで龍樹の服着てんだ?また悪戯か?』
悪戯心でよく服を交換しては大人たちを騙そうとしたものだが、叔父にだけは一目でバレてしまうのだった。それが悔しいふりをしていたけど、本当はすごくすごく嬉しかった。
『どうして誠司叔父さんにはすぐバレちゃうのかなー?』
『そりゃお前、俺がお前を愛しちゃってるからだよ。運命だねもう。可愛いもんお前。』
『あははっなにそれー!』
まだ小さい水樹を軽々と抱えあげるその力強い両腕が大好きで、ギュッと抱きついた叔父はいい匂いがしたのをよく覚えている。
『俺も、誠司叔父さん大好き!』
当時はまだ、水樹もαだと思われていた。
たった9歳で発情期を迎えて初めて水樹がΩだったことがわかったのだが、そんな子どもが一体何故発情期を迎えたのか、結局ハッキリとした理由は分からなかった。
けれど、水樹本人だけは、なんとなくその理由がわかっていた。
生まれた時からαに囲まれて育ち、一番近くに運命の番がいたから。身体が、本能が、叔父を求めて暴走したのだろうと。
『水樹…お前…お前が……』
「水樹!いっ…」
水樹は混乱した。
今、叔父が手を伸ばしてきたような気がした。けれど目の前にいるのは水無瀬だ。
今のは、夢?
キョロキョロと視線だけで辺りを確認すると、慣れた自分の部屋だ。テーブルの上に広げられた教科書とノート。水無瀬が使っていたらしいマグカップ。
そうだ。
叔父はもういない。
震える指先を握りしめると、ジンと少しだけ傷んだ。きっとこの手で水無瀬の手を払い除けたのだろう。水無瀬の白い手が赤くなっていた。
「ごめ…夢、見てた…」
「いや、魘され出したから起こしたんだけど…」
嫌な雰囲気が2人の間を沈黙させてしまう。先に動いたのは、水無瀬だった。ポンと頭を撫でてため息ひとつ。なにも言わずにまたテーブルに向かってしまった。
抱きしめて欲しかった。
けれど抱きしめてくれと言っておいて、その腕を払い除けてしまうのではないかと怖くて言えなかった。
水樹はそっと布団から這い出ると、水無瀬の横に腰掛けた。身体は比較的軽い。副作用が大分抜けて、発情の波も引いているようだった。
「何か飲む?」
「水…」
「待ってて。」
冷たい水が身体に染み渡ると、思考がクリアになる。苦笑する水無瀬の顔が、まるで泣き顔のように見えた。
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