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第92話

「あ、待って待って。ここ、数式合ってるのに勿体無いよ。」 「その暗算能力は一体なんなの…」 「慣れかな?」 水無瀬の家庭環境からして算盤を習っていたとかそういうことはないと思うのだけど、本当に頭の中で算盤を弾いているんじゃないかと思うスピードで計算して行く水無瀬にスタンディングオベーションしたい気分だった。 「うん、いいんじゃない?これだけわかってれば8割は取れると思うよ。」 トントンとノートと教科書を揃えてテーブルの端に寄せた水無瀬は、やたらと輝かしい笑顔で頑張ったね偉いねすごいよー、と頭をわしゃわしゃ撫でて来た。 やめてよ変な癖がつく! と他の人ならすぐにその手を払いのけるのに、水無瀬の手だけはそれができない。むしろ恍惚と受入れてしまうのだから怖い。 水樹は照れ隠しのように席を立つと、台所に立ってコーヒーといつもの洋菓子店で買って来たケーキを取り出した。 ケーキはモンブラン。 コーヒーには、砂糖4つとミルク2つ。水樹なら一口も飲めなさそうな衝撃の砂糖の量だ。 そっと水無瀬の前に置くと、案の定水無瀬はその青い瞳を輝かせる。 「わ、美味しそう!ありがとう、いただきます。」 いつでも柔和な微笑みにその感情を押し殺す水無瀬だが、こういう、思い切り喜ぶところは本当に小さな子どもと変わらない。そしてそういう無防備なところが、堪らない。 周囲に満開の花を散らしながらケーキを頬張る水無瀬を見てると、こちらの頬も緩んでしまう。 勉強に疲れた頭がスッと癒されていくのを感じながら、水樹はコーヒーを啜った。 こうしていると、あの時のことなどもう忘れてもいいのかもしれないとさえ思う。今更ほじくり返すのも良くないのではと。 その見極めは非常に難しい。 だがハッキリしていることもある。 それは、この問題を放置すると、水樹自信が心に靄を残すことだ。 「…あのさ、水無瀬。今更聞くのもなんなんだけど。」 水無瀬がケーキの天辺に乗っていた栗の甘露煮を最後に一口で頬張ったのを見届けて、水樹は意を決して口を開いた。 「この前の発情期の時…なんであんなに怒ってたの?」 何かした?と尋ねたら、君は悪くないよと答えた水無瀬。 けれどなにか引き金があったに違いない。その引き金を知りたいのだ。 「…もしかして、叔父さんのこと?」 黙ったままの水無瀬にそう追い討ちをかけると、水無瀬はそっと視線を落とした。それはすなわち、水樹から視線をそらすということ。 視線を、合わせていられないということだ。

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