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第93話
痛いくらいの沈黙。
それがどれだけ続いたかわからない。あまりの雰囲気の悪さに聞いたことを後悔し始めたころ、水無瀬は漸く重い口を開いた。
「運命の番、だったんでしょ?」
小さな小さな声は、まるで懺悔のようだった。
「魘され出したから起こしたけど…その前は、すごく幸せそうに眠ってたよ。発情期中とは思えないくらい。何の夢見てるのかと思ったら。」
水無瀬は一旦、口を閉ざした。
形のいい唇がキュッと一文字に結ばれる。痛ましいその表情に、水樹の胸がギュッと何かに掴まれたような感覚を覚えた。
「おじさん…って、呼んでたよ。寝言で。」
やはり。
水樹は下唇を噛んだ。
叔父との幸せな記憶。温かくて優しい、それはもはや尊いとも言える決して取り戻せない過去。
そりゃあ、水無瀬からしたら面白くないだろう。番相手が幸せそうに寝言で他のαを呼んだりしたら。
ましてや、元番、既に亡い運命の番を呼んだりしたら。
「それに、真横に僕がいるのに薬なんて使おうとするから、そんなに嫌なのかなって…いや、言い訳だね。本当にごめんね。」
水無瀬は漸く顔を上げて、水樹と視線を合わせた。
その顔は泣き笑いと呼ぶに相応しい歪な笑顔。そんな下手くそな笑顔でも、まるで一枚の絵画のようだった。
水樹は膝の上でギュウッと拳を握る。爪は切ったばかりでちっとも痛くなかったけれど、力を込めた指先は少しだけ痛かった。
拳を解放すると、ジンジンと血の巡る感覚がした。
水樹は、温まった指先で、水無瀬の手をそっと握った。
「叔父さんのことは…俺も、わかんないんだ。」
水無瀬の冷たい指先に、水樹の体温が移る。熱を共有するその行為は、まるで身体を繋げているときのような胸の高鳴りを呼び寄せた。
「叔父さんのことは本当に大好きだったけど、小さかったし…」
水無瀬が、指を絡めてくる。
「運命っていうのも、全然確かじゃない。ただ、叔父さんはそう言ってたし、叔父さんがずっと側にいたから、俺の発情期は妙に早かったんじゃないかなっていう勝手な想像。」
絡み合った指先を握ると、体温が一つになって溶け合った。
それは、身体を繋げているときと同じ満足感をもたらした。
「…都市伝説だよ、運命なんて。」
誠司叔父さんと番だったのは確かだけど、今はもう、水無瀬以外に考えられないよ。
その告白が最後まで水無瀬に伝えられたかどうか定かではない。
噛み付くような激しい口付けに、遮られたから。
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