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第96話
夏休みに入ると、水樹は実家に帰省する。叔父との一件から、家族と水樹、いや家族と龍樹の間に溝ができてしまったために、帰省したからと言って特別何かがあるわけではないのだけど。
きっと龍樹は長期休暇も寮に残っていた方が気楽だろうが、水樹としては大好きな家族と長期休暇くらい顔を合わせたいと思うのだ。
それに、なんだかんだで水無瀬と番になってからは初めての帰省だ。
冬休みは発情期が重なってしまったし、春休みは短いから毎年帰省していない。ゴールデンウィークも然り。
早く帰って番の話をしたいような、恥ずかしいからしたくないような。いや、首輪をしていないんだから会った瞬間にバレるのは目に見えているのだけど。
それに1ヶ月以上ある夏休み、水無瀬と会えないのも寂しい。
今まではこんなに恋しくならなかったのに、人は貪欲だ。この腕の中の心地よさを知ってしまうと、どうしてもその中に留まっていたいと願ってしまう。
「水樹は帰省するんでしょ?」
「あ、うん。すぐ。」
まるで水樹の心の中を覗いたかのような話題に、思わずどきっとした。
青い瞳は純粋そのもの。
まるで上流を流れる穢れのない真水のようだ。
「そっか。休み中に発情期来たらどうするの?」
「あー…薬使うよ。フェロモン撒き散らさない分、前ほど皆に迷惑もかけなくて済むだろうし。」
薬の副作用に苦しむ間、水無瀬が隣にいてくれないのは辛いけど。
夏休み中に発情期に入ると決まったわけでもない。水樹は大して問題視していなかった。来てしまったらその時はその時。今まで通り離れに隔離されるだけだ。
沈黙が訪れる。
けれど少しも苦痛じゃない。穏やかで優しい沈黙だ。
程なくして日が落ち始め、空が夕焼けに真っ赤に燃える。それを見届けると薄暗くなって、外の蛍光灯が付き始めた。
その光景が、昔見た光景と重なる。
叔父と手を繋ぎ、反対の手で龍樹の手をしっかり握っていた。3人並んで歩いた夕焼けの道。その先ではお囃子が鳴り、楽しげな喧騒。
やがて提灯がいくつもぶら下がり、目の前には数え切れないほどの屋台が立ち並ぶ通りに出る。龍樹と2人手を繋いで、お小遣いを握りしめて走った道。
チョコバナナを頬張り、かき氷の列に並んだ。射的が得意だった水樹に、金魚掬いのプールを眺めるのが一番楽しかったらしい龍樹。
祭りの最後には、必ず大きな華が夜空に咲いた。
「…水無瀬、もしよかったら。」
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