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第97話

「いやー、覚悟はしてきたつもりだけど…想像以上だったよ。僕カルチャーショックで倒れそう。」 父母のみならず祖父母からも熱烈な歓迎を受けた水無瀬は漸く客間に腰を落ち着けると、苦笑と共にそう零した。 そりゃあ水道が止まるとか腹を壊すほど傷んだ食べ物を食べるとかいう生活をしてきた水無瀬からしたら、このお屋敷ともいえる大きな家は衝撃だろう。 鹿威しなんて一般家庭にあるんだねと言われるとぐうの音も出ない。あれに関しては水樹も要らないんじゃないかと常々思っているからだ。 8月から実家に帰るらしい水無瀬を家に誘ったあの日、水樹の心臓は破裂しそうなほど高鳴っていた。 一応名目は夏祭り。 水樹の緊張を他所にあっさりと頷いた水無瀬は、不思議そうに室内を見回している。 「お祭りは明日なんだっけ?」 「うん。今日はゆっくりして…って言っても人の家だし落ち着かないと思うけど。」 「ううん、僕どこでも寝られるから大丈夫。」 「あ、そう…」 早速畳にゴロンと横になってくつろぎ始めた水無瀬は、すぅっと大きく深呼吸をした。 長旅で疲れているだろう。 飲み物とってくるねと声をかけた水樹に力なく手を振った水無瀬は、既にうつらうつらしているように見えた。 「水樹。」 部屋を出てすぐに声をかけて来たのは、龍樹だった。手には浴衣。 水樹があらかじめ龍樹に貸してくれと頼んでおいた、水無瀬に着せる浴衣だ。 落ち着いたグレーの浴衣に白縞の帯。水無瀬の華やかな容姿と白い肌が良く映えそうだ。 龍樹がちらりと水樹の背後の襖を見やった。この襖の向こうでは、きっともう水無瀬が夢の世界へ旅立っている。 龍樹が無言で差し出した浴衣を、水樹も無言で受け取った。 煮え切らない態度から察するに、龍樹はきっとまだ水無瀬のことが好きなのだろう。この浴衣も、水無瀬を想いながら選んだに違いない。 水無瀬と遊びに行く龍樹を切ない想いで見送った昨年。立場は逆転してしまった。 今でこそ水無瀬は自分を好きだと言ってくれたけど、去年の夏は龍樹と付き合っていたのだ。 そういえば、いつから水無瀬は自分を好いていてくれていたんだろう。 去年の夏は龍樹と付き合っていて、その秋に水樹と番になった。クリスマスを過ごし、バレンタインに告白された。 一体いつ、何故龍樹から水樹に心変わりしたのか。 知りたいような、知りたくないような、知ってはいけないような。 「ありがと、龍樹も行くでしょ?お祭り。」 「いや…俺は…」 「無理にとは…言わないけど。」 曖昧に困ったように微笑んだ龍樹の考えは、わからなかった。 祭りに行くのか行かないのか。 水無瀬を、今どう思っているのか。 生まれる前から側にいた弟のことがわからないのは、初めてかもしれなかった。

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