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第99話

浮かれていたと思う。 水無瀬の浴衣姿を堪能して、祭囃子と子どものはしゃぐ声を聞きながら広い通りを歩いた。時々手と手が触れ合う距離で、ほんのり感じる水無瀬のフェロモンと体温に、確かに浮かれていた。 水無瀬の地雷をことごとく踏んで行ったことに気付かないほどに。 カランコロンと下駄が歌う。 それに合わせたように水無瀬のテノールが紡ぎだす言葉を、ほんわかとした夢見心地のままに聞いていた。 特に伝統のあるものでもないけれど、祭は昔のままの姿で水樹を迎えてくれた。その懐かしい光景の中に一つだけある新鮮な姿。 水無瀬から、目を離せずにいた。 「お祭りなんて僕記憶にないなぁ。定番はやっぱりりんご飴とか綿菓子なの?」 物珍しさに透明な青い瞳をキラキラと輝かせて子どものようにあたりを見回す水無瀬に、道行く人がどれだけの割合で振り返って行くか気付いているのだろうか。 深みのあるグレーの浴衣に身を包んだ水無瀬は海外のモデルや俳優のようだ。普段の現実離れした姿よりも、観光に来た外国人のような親しみやすさがある。 それもまた、人を、水樹を惹きつける。 「それなりに大きいお祭りだから、一通りのものはあるよ。綿あめもりんご飴もあるし、かき氷とか、焼きそばとかたこ焼きとかね。」 「いいね、とりあえず焼きそばとたこ焼きで腹ごしらえして、かき氷で口直ししてから飴かな。」 「全部食べる気?」 「僕りんご飴食べたことない。美味しい?」 「俺はあんまり好きじゃない…」 水無瀬の見た目を裏切る食欲なら可能な気もする。水樹もお腹は空いていたので、2人はひとまず一番近くにあったたこ焼きの屋台に並んだ。 結構な行列だ。 ぼーっと通りを眺めていると、いろんな人がいる。鎌倉だから観光客も多く、時々外国語も聞こえて来た。 小さな子供が大きな口を開けてチョコバナナにかぶりつく姿を見て、水樹はふと頬を緩めた。 「…昔来た時、叔父さんがチョコバナナ買ってくれたんだけどさ。俺甘くて全部食べられなくて、龍樹に押し付けてた。」 甘いチョコは苦手だったけどバナナは好きだったから、食べられるかと思った。叔父が龍樹と一本ずつ買ってくれたそれを水樹は2、3口でもういらないと龍樹に無理矢理渡して、バナナを2本も食べた幼い龍樹はそれだけでお腹が膨れてしまったこともあった。今思うと流石に申し訳ない。 じゃあ代わりにと渡されたフランクフルトがやたら美味しかったのをよく覚えている。 懐かしい、きれいな思い出だ。

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