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第104話

ゆっくりと振り返る。 目に入った意外な人物も、驚いたようだった。 「…ばーちゃん。」 祖母はこの暑い中着物に身を包み、黒い日傘を差して花と和菓子屋の袋を持って水樹を見下ろしていた。 「誰かが来ていた様子があったのは貴方だったのですね。」 「たまにって言っても最近だよ。ばーちゃんはよく来てるの?」 「命日の付近とお彼岸だけです。あんなことがあっても、誠司は私の息子だから。」 同じもの買って来ちゃったわ。 コロコロと笑いながら、祖母は芋羊羹を取り出し、そっと供えて手を合わせた。 誰も来ないと思っていた。 けれど彼女の言う通り、誠司は何があっても彼女の息子。その息子を死に追いやったのは、死に追いやる原因を作ったのは、他でもない水樹だ。 「ばーちゃん、俺のこと恨んでないの?」 口をついてでた質問は、意地の悪いものだった。 祖母はあのことがあってからも変わらず水樹を厳しくも優しく見守り育てて来た。幼い水樹の発情期に、危険を冒しておにぎりやゼリーを運んで来てくれたのも祖母だった。 祖母が水樹を少しも恨んでいないことなど、自分が一番よく知っていたのに。 祖母はいつも通りのどこか冷たくも感じる厳しい視線でまっすぐに水樹を見据えた。水樹はこの視線が少しだけ苦手だ。嘘も隠し事も許されないようで。 祖母は墓石に視線を戻し、静かに口を開いた。 「私の母、あなたの曽祖母がΩでした。」 と。 それは水樹も初めて知る事実。なぜα家系の橘家にΩの水樹が生まれたのか、ずっと疑問だった。 「今よりもずっとΩへの風当たりが強い中、母は1人で私を育てました。弦一郎さん…おじいさんと結婚するときも、Ωの血を引くαなど、と反対されましたよ。生まれた子どもたちが皆αで心から安心しました。…まさか、孫にΩが生まれるとは思いませんでしたが。」 そして祖母は水樹を見た。 初めて見る視線。それは苦悩に満ちた視線。皺のある目元が悲しみに歪められ、瞳が暗く揺らめいていた。 「あなたのΩ性は私の母の血です。あなたこそ、私を恨んでいないのですか。」 僅かに震えた声が、祖母の苦しみを表していた。水樹はゆっくりと小さく首を振る。 祖母が作ってくれたおにぎりの味も形もよく覚えている。ほとんど食べられずに残していたけれど、Ωの水樹を見捨てずに面倒を見てくれた家族に、祖母に、感謝こそすれど恨むなどあり得なかった。 祖母は歳をとって痩せた腕を覗かせて、皺だらけの指で涙を拭った。 日は西に傾き始めている。 少しずつ背が伸びていく二人分の影を見つめると、時の流れを感じて少し切なくなった。 「ばーちゃんは…じーちゃんと結婚して、幸せ?」 水樹は、何十年と連れ添った夫婦には愚かな問いだと思いつつ聞かずにいられなかった。 「番を作ろうとは、思わなかった?」 と。

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