108 / 226

第108話

暫しの沈黙を破ったのは、誠司だった。 「なぁ、ここにいてもいいんだぞ?」 そう言った誠司の眼差しは、真剣そのもの。水樹は直視してはいけない気がして、目を逸らした。 「あいつと番になって、お前泣いてばっかじゃねぇか。この先ずっと苦しむくらいなら、いっそここにいろよ。俺が、ここでお前を幸せにする。」 水樹は少しだけ考えた。 ここで、誠司と二人きりで永年過ごす未来を。それはとても穏やかで、苦痛などないように思えた。 けれど、そこに光は見えない。 真っ暗闇が只管続く世界に、誠司と二人きり。それが幸せかと言われたら、水樹の答えはノーだった。 「俺、光のない世界が幸せだとは思えない。」 祖母の言葉が蘇る。 誠司の幸せが、水樹の幸せとは思えないというあの言葉を。 「…結局、叔父さんも俺のこと幸せにしてくれた訳じゃないんだ。」 叔父がもし生きていたなら幸せになれたのかもと、いつもどこかで思っていた。その可能性が潰えた今、水樹の中で全てが解決した。 「水樹…」 「運命の番と共にあること、それはΩの至上の幸福…御伽噺はよくそう書かれてるよね。そうなのかなって思ってた。運命の番に出会ってるのに、もうその人が死んでる俺は幸せになんかなれないのかなって。」 誠司は横たえていた体を起こした。水樹は居直って真っ直ぐに誠司に向かう。もう迷いはなかった。 暗く何もないこの世界は、確かに叔父との運命を示しているように思えた。 温かくていい匂いがしてふわふわして、とても居心地が良い。 けれど何もない、真っ暗闇。 「俺、誰と一緒になっても幸せになれないなら…あいつと、唯と一緒に不幸になりたい。」 居心地の良い暗闇に誠司と座り込んでいるよりも、茨の道を掻い潜り山を谷を越える必要のある明るい世界を水無瀬と歩きたい。 その先に何があるかはわからない。この暗闇のような心地良さには辿り着かないのかもしれない。 それでも、一輪だけでも花が咲いているかもしれないなら、何もないこの世界よりもずっといい。 目を丸くしている誠司が少しだけ面白くて、水樹は笑みを零した。 「それに、あいつに愛情って奴を教えてあげなきゃ。僕と龍樹のどっちが大事なのーとか、子どもみたいなこと言ってるからさ。」 ああ、あと一般的な金銭感覚と正しい味覚もかな。 そう続けると、誠司は声を上げて笑った。晴れやかな、水樹が大好きだった笑顔だ。 「強いな水樹。俺よりずっと強い。偉いぞ!」 「ふふん、身体ばっか成長したわけじゃないんだからね。」 「その割にチビだな?170あるか?」 「うっさい!Ωは小さめでいいんだよ!」 ハハッ!と、誠司がまた笑った。その声が暗闇に木霊して、水樹の身体を優しく包み込む。それはやはりとても心地良かった。 「…苦しくなったら、また会いに来いよ。俺はずっとお前の側にいるから。」 「やめてよ、成仏してよ。」 「守護霊だ守護霊。お〜ば〜け〜だ〜ぞ〜〜〜!」 「うわウザッ!全然怖くないし!」 二人の笑い声だけが響く世界が、少しずつ白んでいく。ああ夢が覚めるんだと気が付いて、水樹は立ち上がった。 「じゃあね叔父さん。もう会わないことを祈るよ。」 「おー。じゃあな水樹。」 まるでまた明日にでも会うかのような別れを最後に、水樹は誠司に背を向けた。 目が覚める直前、誠司の声が聞こえた気がした。 幸せになれよ、と。

ともだちにシェアしよう!